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2026年10月31日土曜日

ちばてつやさんの遺言(26.10.31)

    2018年3月の日本版の会結成集会に寄せられたちばてつやさんのメッセージ

ちばてつやさんは、

6歳のとき、避難者として第二次世界大戦の敗戦で満州から命からがら逃げ延びた自らの経験から、
福島原発事故で、汚染地のたくさんの子どもたちの避難が国策(国家的事業)であることを誰よりも理解し、誰よりも望んでいました。

しかし、現実には国家的事業として子どもたちの集団避難(疎開)は実現せず、そのことに誰よりも心を痛めて、市民の手で「子どもたちの疎開」を実現しようと「ふくしま集団疎開裁判」や「まつもと子ども留学」の取り組みが始まったとき、真っ先にこれを応援されました。

311後の最も重要な裁判である「ふくしま集団疎開裁判」、だからこそマスコミも東京新聞を除いて意図的にこの裁判を取り上げようとしなかったため、裁判の支援者は街頭に出て、官邸前や国会前、文科省前で、この裁判の重要性を一人でも多くの市民に訴えようとしたとき、ちばさんはその取り組みの重要性を真っ先に理解し、支援者が訴えるプラカードやチラシやブックレットの表紙に、ちばさんしか描けない、ちばさんだとすぐ分かる素晴らしいイラストを何度も、何枚も提供し、また、毎年2回の新宿デモでもいつも心のこもった声援メッセージを寄せて頂き、惜しみない応援をされました。

「まつもと子ども留学」の募集の中で、子どもたちが留学の決断がつかなくて迷っている家族がいると聞けば、その子どもたちに向けて留学の決断を呼びかける音声メッセージを作ったり、松本市役所で「まつもと子ども留学」がスタートするという記者会見に風邪を押して東京から参加し、戻られてから、自身のブログ「ぐづ鉄日記」に次のように記されました(「福島の児童疎開プロジェクト」)。

これまで、ワシは何の役にも立てず、
つくづく情けなかったけど、これからは
疎開先の学童達、スタッフのみなさん達を
なんとか、応援するつもりです。


留学した子どもたちが初めての一学期を無事に終えた7月に地元の子どもたちと一緒に漫画教室を開いたり、「まつもと子ども留学」の募金用の素晴らしいイラストも描いて頂き、留学事業にも惜しみない協力をされました。

そして、2018年3月、原発事故の抜本的な救済の一歩を踏み出そうと、市民の手で「チェルノブイリ法日本版」を制定しようという「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」が結成されたときも、まっさきに応援メッセージを寄せて頂きました(>こちら)。日本版の会のブックレットの表紙に、編者が願っていたちばさんのイラストを使用することもすぐさま快諾して頂きました。

ちばさんは4年前、4つもの手術をたてつづけにするという大病をされましたが、「おれは鉄兵」さながら不死身のように回復し、2年前、日本版の会のブックレットが出版されたとき、自身のブログ「ぐず鉄日記」で以下のように書いてブックレットを紹介されました(「子どもたちは見てる」)。今、それはちばさんが私たちに残した遺言のように思えてなりません。

チェルノブイリ原発事故や

3.11福島の原発事故のあと、大勢の

被災者たちは、どのような運命を

たどったのでしょうか?


思いもよらぬ大事故を起こして

しまった人、とくに責任ある人々は、

深く反省して、二度と事故を起こさ

ないシステムを一生懸命頑張って

構築できたでのしようか?

 
被災者たちに深く謝罪して、

その後の生活を、きちっと守って

くれているのでしようか?















 

 

 

 

 

 

それらをじっと見つめている、

子どもたちのイラストを描きました。

原発事故で汚染された地域で

これからもずーっと生きなければ

ならない最大の被害者は、

子どもたちだからです。


🛐被災地、被災者の皆さんの

1日も早い復興をお祈りいたします。


福島原発事故で被ばくした子どもたち、市民の救済への取り組みに対し、言葉に言い尽くせないほどのちばてつやさんの生前のご厚情に心より感謝し、ちばさんがこの取り組みに注いでくださった遺志を継ぐ決意を新たにし、この決意を彼の霊に捧げたいと思います。

      2026年10月31日

               市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会 有志

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