2019年1月18日金曜日

【報告】三重県伊勢市&津市、1月12日(土)13日(日)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和--NOでは足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある--」

2019年最初の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会を、
1月12日(土)、三重県伊勢市のあるる館で、
1月13日(日)、三重県津市のギャラリーVOLVOXで、
「ふくしまいせしまの会」の主催でやりました。
                          1月12日伊勢市
                           会場のあるる館
                       
                         1月13日津市
          会場のVOLVOXで、主催者の上野正美さん(育てる会の共同代表)

                
伊勢市では2016年12月に続いて、今回が2回目の学習会。
この日、翌日の津市の学習会に参加できないからと津から1時間以上かけて参加した人、1回目の学習会に参加し今回2回目の参加で「やっと、チェルノブイリ法日本版が分った」と感想を語ってくれた人、市民運動に殆ど縁がなかったのに、この学習会に参加して11時まで熱く感想を語ってくれた74歳の人・・・閉会の時間制限がないことをいいことにして3時間近くも喋ってしまい、とても印象に残る学習会でした。

 以下、当日の動画とプレゼン資料&配布資料です。

 動画(12日の伊勢市
 柳原敏夫の話(その1)

 柳原敏夫の話(その2)

 柳原敏夫の話(その3)

 柳原敏夫の話(その4)

 柳原敏夫の話(その5)

 柳原敏夫の話(その6)

  
動画(日の
 柳原敏夫の話(その1)

 柳原敏夫の話(その2)

 柳原敏夫の話(その3)

 柳原敏夫の話(その4)

 
プレゼン資料(全文のPDFは->こちら
http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/190112presenMie.pdf

配布資料(PDFは->こちら



戦争と平和
NO
では足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある

2019.1.1213 at 三重 柳原敏夫


311からまもなく8年が経過。

私たちは、311直後のアクションを単に持続するのではなく、そこからもう一歩前に進む必要がある。

そのためにこの間の振り返りの中から、新しい再出発を模索する。

第1部、戦争

 私たちは放射能を忘れたがっている。しかし、放射能は忘れさせてくれない。

 放射能のいつも変わらぬ無言のシグナルは

 ――ユルユルと、ボケっと生きてんじゃねえよ!

第2部、平和

 平和は歌を歌って実現するものでも、ハトや虹の絵を描いて実現するものでもない。

 そのためには、実現可能な明確なビジョンをつかみ、これを実行する必要がある。

 それが「平和を再定義すること」、平和に向けて持続可能な現実的なビジョンを持つこと。

ジョディ・ウィリアムズ(※)

311後の私たちに残されていること

 ――311原発事故後の「福島の犯罪」をただし、命の救済を現実化、具体化すること、

 それが、市民立法によるチェルノブイリ法日本版の制定。



(※)世界最初の市民立法の条約(対人地雷禁止条約)を成立させた市民団体「地雷禁止国際キャンペーン」のメンバー。



第1部、戦争

自主避難者の人の言葉――3・11以来、百戦百敗、ずっと負け続けてきた。

では、なぜ負け続けているのか。その訳は私たちが旧態依然の発想しかできず、3・11以後の、過去に経験したことのない未曾有の現実に追いついていないからではないか。


3.11福島原発事故とは何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。

3.11以後の気分
 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は311以後の現実に対する認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。


3.11以後の課題

 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。

第3に、311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。


3.11以後の現実

「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。


「自然と人間の関係」(放射線の被ばくとは何か?)

・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)

・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))

・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)


「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――

チェルノブイリ事故の「希望」と「犯罪」のうち、希望は用意周到に踏みにじられ、犯罪がより徹底して反復された。

子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。

福島県は、甲状腺検査の二次検査で「経過観察」とされた子ども(2018年6月末で3316人)が、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されても、その症例数を公表しない。

加害者(加害責任を負う日本政府)が救済者の面をして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。

被害者(避難者も残留者も)は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害→密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる

福島原発事故が明るみにしたもの---3・11ショックのどさくさ紛れの中で、「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界が出現したことにある。

しかし問題は私たちの側にもある。なぜなら、この悪夢のような出来事を前にして、「うそでしょう」「夢であって欲しい」と今なお茫然自失のショック状態にいるから。そのため今なおこの現実と対決することができず、引きこもり、さもなければオリンピックのお祭り騒ぎかという現実逃避の中にいる。子どもの命を守るためにはこの現実逃避から抜け出す必要がある。そのためにまず次の問いが必要となる――このあべこべの世界はなぜもたらされたのか。


「あべこべ」をもたらしたもの

「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン)というメガネをかけてあべこべの世界を眺めると、311以後の「あべこべの世界」はショック・ドクトリンの正しい適用にすぎないと分かる。「ショック・ドクトリン」の原理は「危機のみが真の変革をもたらす」(山下俊一語録「ピンチはチャンス」)、それゆえひとたび危機が発生したら人々が茫然自失状態の間に一気呵成に「変革」を強行することが肝心で、この間に断固とした行動を取る機会を逸すれば、変革のチャンスは二度とやってこないと肝に銘じている。それが一方で、事故直後のどさくさ紛れに福島県のみ(!)学校安全基準の20倍引き上げの通知、ミスター100mSvの異名を持つ山下俊一発言と彼の設計による欺瞞的な福島県の県民健康調査、被害者の救済を原発周辺の住民に限定し、それ以外には徹底した自己責任(新自由主義)を押し付け、他方で、秘密保護法の成立、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、安保関連法の成立、共謀罪の成立と戦争に突き進む、憲法違反を承知で強引な政治改革の実現――それは3・11前には考えられなかったような、火事場泥棒の法的クーデタと呼ぶほかない異常事態である。3・11以後の日本は国中が原発事故に翻弄された国難などではなくて、「ピンチはチャンス」の通り、原発事故という危機をここぞとばかりに、私たちが茫然自失のショック状態の間に、一気呵成に、原発事故前には不可能だった政治改革を実現した千載一遇のチャンスだった。

このストーリーはチェルノブイリ事故でも実行され、「チェルノブイリの犯罪」と呼ばれだ。311以後の日本も「福島の犯罪」と呼ぶのが相応しい。小説家カミュは「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか」と言った。3・11以後の日本で、猛烈な執念で実行された「福島の犯罪」に対抗する術として、単にNO(「再稼動反対」「支援を打ち切るな」)と言うのでは足りない、「惨事便乗型政治改革」に代わる、積極的、ポジィティブな改革を言う必要がある。それが「これは犯罪であり、犯罪は正されなければならない」と証言することへの執念であり、これ以外に今の日本に何があるだろうか。この犯罪を正すこと、その最初の一歩が、原子力災害から私たちの命・健康・暮らしを守る世界最初の人権宣言である旧ソ連のチェルノブイリ法、その日本版を制定することにほかならない。



第2部 平和

3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。

→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」


いかにして3.11以後の課題を実現するのか?――「もう一つのあべこべ」の可能性――

だが、日本社会が持ちうる最悪の要素の全てを露呈した311以後の「全てがあべこべ」の暗黒時代にそれは可能だろうか。

可能である。なぜなら、311以後に出現した「あべこべ」は生半可なものでなく、悪のあべこべだけでなく、政治を一握りの職業的専門家にお任せする「お任せ民主主義」から、アマチュアの市民が自ら統治する市民主導の参加型民主主義に交代する「もう1つのあべこべ」をも生み出したからである。それは《職業的専門家とアマチュアのあべこべの時代》をもたらし、311まで劇場の観客にすぎなかった市民が、311以後、みずから舞台に上り、政治、経済、科学技術、文化で発言するようになり、主役となろうとしたからである。これが市民主導で原子力災害から市民を守る立法=市民立法の基盤だ。


いかにして誕生したばかりの「もう一つのあべこべ」を育てるのか?

ただし、このあべこべは誕生したばかりで、これを育てるか枯らすかは私達市民の手にかかっている。そのためには過去に「市民立法」を実現してきた「希望の扉」を全て叩いて、扉を開け、希望の泉を汲み出し、芽をふいたばかりの私たちの取組みに注ぎ込む必要がある。公式の日本史に載らない、「希望の扉」が我が国に存在してきた、それも至るところに。市民の市民による市民のための市民立法「チェルノブイリ法日本版」のエッセンスは《今日の革命は参加という名前である》の言葉に詰め込まれている。NOでは足りない。3・11で被ばくした子どもたちを救えないようでは日本はおしまいだと絶望する前に私たちにまだやれることがある。私たちはミセン(未だ生きず)の中にいる。


「希望の扉」その1:チェルノブイリ法日本版は世界史の奇跡?

「世界の中に奇跡があるのではない。この世界があることが奇跡だ」←「この世界がある」には、これまで少なくとも3つの奇跡が含まれる。
①.生命の誕生   無生物の中から生物が誕生したこと。
②.普遍宗教の誕生 共同体(自己愛)の宗教の中から、調節的(他者愛)の普遍宗教が誕生。 
③.人権の誕生   人権抑圧の法体系の中から、人権(近代憲法)が誕生したこと。 

 チェルノブイリ法日本版は放射能災害に対する人類最初の人権宣言。


「希望の扉」その2:過去は変えられる?

 未来は変えられるか? 可能である。なぜなら過去は変えられるから。

 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」

 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。そのために、私たちは「過去を変える」必要がある。
2016年来日したアレクシエービッチさんは言った「日本には抵抗の文化がない」

しかし、彼女は公式の日本史しか知らない。私達の過去には輝かしい抵抗の文化があり、埋もれている。

1872年 江藤新平らが、司法権の独立と民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。

 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動


 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動

 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト

 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 


 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。


次は我々の番だ。

2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の市民団体として「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。

 次は日本各地で、NOではなく、YESという平和のアクションを起す、ベラルーシ出身の画家シャガールに倣って。

最初から失敗することがわかっているような冒険でも、そこがパリであれば、

冒険を冒す価値がある。それがパリだ。

2019.1.11)

2018年12月24日月曜日

【報告】12月22日(土)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和――NOでは足りない、YESを、平和を積極的に創り出す必要がある――」(東京都渋谷区)

2月22日(土)、東京都渋谷区の光塾で、脱被ばく実現ネット主催の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会をやりました。

この日、仙台市、小田原市から参加された方、延べ4回、3回参加された方、「情報公開法」の市民立法の市民運動メンバーの辻利夫さんなど熱意ある人たちが集まりました。


             子ども脱被ばく裁判の報告をする原告代理人の光前幸一さん

              市民立法「チェルノブイリ法日本版」の話をする柳原敏夫

             市民立法「情報公開法」の制定の話をする辻利夫さん

この日の学習会用に、柳原は、今年度の学習会の総集編の積りでレジメとプレゼン資料を編集しました。
以下、当日の動画とプレゼン資料&配布資料です。


動画
共同代表の岡田俊子さん:「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」のこれまでの経過について。


子ども脱被ばく裁判の原告代理人の光前幸一さん:この裁判の報告。



柳原敏夫:市民立法「チェルノブイリ法日本版」について


市民運動メンバーの辻利夫さん:「情報公開法」の市民立法の制定に至るまで。


質疑応答


プレゼン資料(全文のPDFは->こちら
http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/181222presen.pdf

配布資料(PDFは->こちら

戦争と平和
NOでは足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある

2018.12.22 at 光塾 柳原敏夫

311からまもなく8年が経過。

私たちは、311直後のアクションを単に持続するのではなく、そこからもう一歩前に進む必要がある。

そのためにこの間の振り返りの中から、新しい再出発を模索する。

第1部、戦争

 私たちは放射能を忘れたがっている。しかし、放射能は忘れさせてくれない。

 放射能のいつも変わらぬ無言のシグナルは

 ――ユルユルと、ボケっと生きてんじゃねえよ!

第2部、平和

 平和は歌を歌って実現するものでも、ハトや虹の絵を描いて実現するものでもない。

 そのためには、実現可能な明確なビジョンをつかみ、これを実行する必要がある。

 それが「平和を再定義すること」、平和に向けて持続可能な現実的なビジョンを持つこと。

ジョディ・ウィリアムズ

311後の私たちに残されていること

 ――311原発事故後の「福島の犯罪」をただし、命の救済を現実化、具体化すること、

 それが、市民立法によるチェルノブイリ法日本版の制定。



世界最初の市民立法の条約(対人地雷禁止条約)を成立させた市民団体「地雷禁止国際キャンペーン」のメンバー。ノーベル平和賞受賞。



第1部、戦争

自主避難者の人の言葉――3・11以来、百戦百敗、ずっと負け続けてきた。

では、なぜ負け続けているのか。その訳は私たちが旧態依然の発想しかできず、3・11以後の過去に経験したことのない未曾有の現実に追いついていないからではないか。

3.11福島原発事故とは何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。

3.11以後の気分

 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は311以後の現実に対する認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。

3.11以後の課題

 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。

第3に、単に311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。

3.11以後の現実

「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。

「自然と人間の関係」(放射線の被ばくとは何か?)

・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)

・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))

・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)

「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――

チェルノブイリ事故の「希望」と「犯罪」のうち、希望は用意周到に踏みにじられ、犯罪がより徹底して反復された。

子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。

福島県は、甲状腺検査の二次検査で「経過観察」とされた子ども(2018年6月末で3316人)が、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されても、その症例数を公表しない。

加害者(加害責任を負う日本政府)が救済者の面をして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。

被害者(避難者も残留者も)は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害→密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる

福島原発事故が明るみにしたもの---3・11ショックのどさくさ紛れの中で、「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界が出現したことにある。

しかし問題は私たちの側にもある。なぜなら、この悪夢のような出来事を前にして、「うそでしょう」「夢であって欲しい」と今なお茫然自失のショック状態にいるから。そのため今なおこの現実と対決することができず、引きこもり、さもなければオリンピックのお祭り騒ぎかという現実逃避の中にいる。子どもの命を守るためにはこの現実逃避から抜け出す必要がある。そのためにまず次の問いが必要となる――このあべこべの世界はなぜもたらされたのか。

「あべこべ」をもたらしたもの


                   ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン」

「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン)というメガネをかけてあべこべの世界を眺めると、311以後の「あべこべの世界」はショック・ドクトリンの正しい適用にすぎないと分かる。「ショック・ドクトリン」の原理は「危機のみが真の変革をもたらす」(山下俊一語録「ピンチはチャンス」)、それゆえひとたび危機が発生したら人々が茫然自失状態の間に一気呵成に「変革」を強行することが肝心で、この間に断固とした行動を取る機会を逸すれば、変革のチャンスは二度とやってこないと肝に銘じている。それが一方で、事故直後のどさくさ紛れに福島県のみ(!)学校安全基準の20倍引き上げの通知、ミスター100mSvの異名を持つ山下俊一発言と彼の設計による欺瞞的な福島県の県民健康調査、被害者の救済を原発周辺の住民に限定し、それ以外には徹底した自己責任(新自由主義)を押し付け、他方で、秘密保護法の成立、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、安保関連法の成立、共謀罪の成立と戦争に突き進む、憲法違反を承知で強引な政治改革の実現――それは3・11前には考えられなかったような、火事場泥棒の法的クーデタと呼ぶほかない異常事態である。3・11以後の日本は国中が原発事故に翻弄された国難などではなくて、「ピンチはチャンス」の通り、原発事故という危機をここぞとばかりに、私たちが茫然自失のショック状態の間に、一気呵成に、原発事故前には不可能だった政治改革を実現した千載一遇のチャンスだった。

このストーリーはチェルノブイリ事故でも実行され、「チェルノブイリの犯罪」と呼ばれだ。311以後の日本も「福島の犯罪」と呼ぶのが相応しい。小説家カミュは「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか」と言った。3・11以後の日本で、猛烈な執念で実行された「福島の犯罪」に対抗する術として、単にNO(「再稼動反対」「支援を打ち切るな」)と言うのでは足りない、「惨事便乗型政治改革」に代わる、積極的、ポジィティブな改革を言う必要がある。それが「これは犯罪であり、犯罪は正されなければならない」と証言することへの執念であり、これ以外に今の日本に何があるだろうか。この犯罪を正すこと、その最初の一歩が、原子力災害から私たちの命・健康・暮らしを守る世界最初の人権宣言である旧ソ連のチェルノブイリ法、その日本版を制定することにほかならない。



第2部 平和

3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。

→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」


いかにして3.11以後の課題を実現するのか?――「もう一つのあべこべ」の可能性――

だが、日本社会が持ちうる最悪の要素の全てを露呈した311以後の「全てがあべこべ」の暗黒時代にそれは可能だろうか。

可能である。なぜなら、311以後に出現した「あべこべ」は生半可なものでなく、悪のあべこべだけでなく、政治を一握りの職業的専門家にお任せする「お任せ民主主義」から、アマチュアの市民が自ら統治する市民主導の参加型民主主義に交代する「もう1つのあべこべ」をも生み出したからである。それは《職業的専門家とアマチュアのあべこべの時代》をもたらし、311まで劇場の観客にすぎなかった市民が、311以後、みずから舞台に上り、政治、経済、科学技術、文化で発言するようになり、主役となろうとしたからである。これが市民主導で原子力災害から市民を守る立法=市民立法の基盤だ。


いかにして誕生したばかりの「もう一つのあべこべ」を育てるのか?

ただし、このあべこべは誕生したばかりで、これを育てるか枯らすかは私達市民の手にかかっている。そのためには過去に「市民立法」を実現してきた「希望の扉」を全て叩いて、扉を開け、希望の泉を汲み出し、芽をふいたばかりの私たちの取組みに注ぎ込む必要がある。公式の日本史に載らない、「希望の扉」が我が国に存在してきた、それも至るところに。市民の市民による市民のための市民立法「チェルノブイリ法日本版」のエッセンスは《今日の革命は参加という名前である》の言葉に詰め込まれている。NOでは足りない。3・11で被ばくした子どもたちを救えないようでは日本はおしまいだと絶望する前に私たちにまだやれることがある。私たちはミセン(未だ生きず)の中にいる。


「希望の扉」その1:チェルノブイリ法日本版は世界史の奇跡?

「世界の中に奇跡があるのではない。この世界があることが奇跡だ」←「この世界がある」には、これまで少なくとも3つの奇跡が含まれる。
①.生命の誕生   無生物の中から生物が誕生したこと。
②.普遍宗教の誕生 共同体(自己愛)の宗教の中から、調節的(他者愛)の普遍宗教が誕生。 
③.人権の誕生   人権抑圧の法体系の中から、人権(近代憲法)が誕生したこと。 

 チェルノブイリ法日本版は放射能災害に対する人類最初の人権宣言。


「希望の扉」その2:過去は変えられる?

 未来は変えられるか? 可能である。なぜなら過去は変えられるから。

 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」

 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。そのために、私たちは「過去を変える」必要がある。
2016年来日したアレクシエービッチさんは言った「日本には抵抗の文化がない」

しかし、彼女は公式の日本史しか知らない。私達の過去には輝かしい抵抗の文化があり、埋もれている。

1872年 江藤新平らが、司法権の独立と民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。

 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動


 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動

 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト

 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 


 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。


次は我々の番だ。

2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の市民団体として「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。

 次は日本各地で、NOではなく、YESという平和のアクションを起す、ベラルーシ出身の画家シャガールに倣って。

最初から失敗することがわかっているような冒険でも、そこがパリであれば、

冒険を冒す価値がある。それがパリだ。

2018.12.22)
 

2018年12月15日土曜日

(感想の紹介)【報告】北海道札幌市、11月15日(木)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和--過去は変えられる。『成年よ、抵抗を抱け」--』

参加者の方たちの感想が寄せられましたので、なかほどに紹介します。
 ひとりひとりの感想を読む中で、私たち市民の力がどれほど素晴らしく輝かしいものであるか、これらの市民こそ市民立法の礎なのだと確信させられます。

11月15日(木)、北海道札幌市で、「生活クラブ生活協同組合」主催の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会をやりました。
最初、福島からの報告を、311当時、中学3年生だった安達和叶さんが語ってくれました(以下の動画1参照)。
そのあと、柳原が話をし、
最後に、参加者の中から、「チェルノブイリへのかけはし」の野呂美加さんが感想を語ってくれました(その動画は->こちら)。
広島県出身の女性の方の「(話を聞いて)すっきりした」という感想に端的に示されていますが、7年経った今も、放射能災害の深刻さ、問題の根深さを受け止めようという人たちの熱意に満ちていました。
以下は、終了後の写真です。

参加者の方たちから、以下のような感想が寄せられました。
「参加させて下さい」、柳原が最も聞きたいと思っていた言葉をズバリ書いてくれた方、そして 時間の関係で、柳原が説明を端折った「市民型公共事業」にビビッドに反応した方に出会え、、この2つのコンセプトの重要性を改めて実感し、感銘を受けました。





以下、その動画と配布資料&プレゼン資料です。

動画1
安達わかなさんのお話(15分)・ 柳原敏夫の話(その1)


動画2
柳原敏夫の話(その2)・野呂美加さんのお話


プレゼン資料(全文のPDFは->こちら

http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/181115Sapporo&AsahikawaPresen.pdf


配布資料(PDFは->こちら


戦争と平和--過去は変えられる。「成年よ、抵抗を抱け」--


2018.11.15 at札幌 柳原敏夫

はじめに、自己紹介
自然界(人間と自然の関係)に惹かれてきた

→「ファーブル昆虫記」「シートン動物記」「大草原の小さな家」「ターシャ・チューダ-」
「人間と人間の関係」から目を背けては生きていけないことを思い知らされるようになる。
→先端科学技術がもたらした未曾有の力業(バイオ)と未曾有の人災(生物災害)との出会い。

「ケーテ・コルヴィッツ」「住井すゑ」「ハンナ・アーレント」「カズオ・イシグロ」


第1部 戦争

1、原発事故がもたらした最大の謎

原発事故とは何か?何だったのか?何をもたらしたのか?

なぜなら、311以後、明らかにかつてない異変が起きた。にもかかわらず、その意味も原因もよく分からないまま――その理由は福島原発事故が何だったのか、その全体像を理解できないからではないか。


2、この謎に最も迫った人のひとり

「スベトラーナ・アレクシエービッチ」‥‥小さき人々の声を残した。

人々はチェルノブイリのことは誰もが忘れたがっています。最初は、チェルノブイリに勝つことができると思われていた。ところが、それが無意味な試みだと分かると、今度は口を閉ざしてしまったのです。自分たちが知らないもの、人類が知らないものから身を守ることは難しい。チェルノブイリは、私たちを、それまでの時代から別の時代へ連れていってしまったのです。その結果、私たちの目の前にあるのは、誰にとっても新しい現実です。‥‥ベラルーシの歴史は苦悩の歴史です。苦悩は私たちの避難場所です。信仰です。私たちは苦悩の催眠術にかかっている。‥‥何度もこんな気がしました。これは未来のことを書き記している

原発事故はこれまでの災害の概念が通用しない。過去に経験したことのない経験をしたのだという新しい意識が必要で、その新しい意識で原発事故と向き合わなければならない。

チェルノブイリ事故で、人々は死がそこにあることを感じました。目に見えない、音も聞こえない、新しい顔をした死を。私は思いました、これは戦争だ。未来の戦争はこんなふうに始まる。でもこれは前代未聞の新しい戦争だ、と。


3、戦争の問題に最も迫った人のひとり

「大岡昇平」‥‥無名の兵士の声、行動を再現した。

ひとりひとりの兵士から見ると、戦争がどんなものであるか、分からない。単に、お前はあっちに行け、あの山を取れとしか言われないから。だから、自分がどういうことになって、戦わされているのか分からない。(「レイテ戦記」のインタビュー)

「3.11のあと、ひとりひとりの市民から見ると、福島原発事故がどのようなものであるか、どうしたらよいのか、真実は分からない。単に、『健康に直ちに影響はない』『国の定めた基準値以下だから心配ない』とかしか言われないのだから。だから、一体自分がどういう危険な状態にあるのか、どう対策を取ったらよいのか、本当のことは分からない。」


4、3.11福島原発事故とは何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。


5、3.11以後の気分

 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。


6、3.11以後の課題

 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。

第3に、単に311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。


7、3.11以後の現実

「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。


8、「自然と人間の関係」:放射線の被ばくとは何か?

・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)

・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))

・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)


9、「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――

チェルノブイリ事故の「希望」と「犯罪」のうち、希望は用意周到に踏みにじられ、犯罪がより徹底して反復された。

子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。

福島県は、甲状腺検査の二次検査で「経過観察」とされた子ども(2018年6月末で3316人)が、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されても、その症例数を公表しない。

加害者(加害責任を負う日本政府)が救済者の面をして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。

被害者(避難者も残留者も)は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害→密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる



第2部 平和

1、3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。

→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」


2、3.11以後の具体的課題「被ばくから命・健康と生活を守るための4つの市民アクション」

①.国内-チェルノブイリ法に匹敵するチェルノブイリ法日本版(原発事故避難の権利法)の制定

②.国際1-チェルノブイリ法に匹敵するチェルノブイリ法条約(原発事故避難の権利条約)の成立

③.国際2-(スペイン・アルゼンチンほか)で、日本政府の責任者を「人道上の罪」で刑事告発。

④.生活再建-市民の自主的相互扶助の自立組織=社会的経済・連帯経済(協同組合、ワーカーズ、市民バンク、市民通貨)の創設


3、311以後の「あべこべ」をただし、正常化に向かう道

過去の災害の経験や考えが通用しない原発事故の本質を理解するための「認識の目覚め」に努め、「苦悩という避難場所」から抜け出し、「現実の避難場所」を作り出す必要がある。

「新しい形式の戦争」にふさわしく、「新しい内容と形式を備えた平和(救済)」が必要。

→それが、放射能に対する健康被害を「予防原則」に立って救済を定めたチェルノブイリ法日本版。


4、3.11以後の正常化はいかにして可能か過去を変えることを通じて――

 未来は変えられるか? 可能である。なぜなら過去は変えられるから。

 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」

 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。

 そのために、私たちは「過去を変える」必要がある。
2016年来日したアレクシエービッチさんは言った「日本には抵抗の文化がない」

しかし、彼女は公式の日本史しか知らない。私達の過去には輝かしい抵抗の文化があり、埋もれている。

1872年 江藤新平らが、司法権の独立と民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。

 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動


 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動

 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト

 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 


 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。



5、次は我々の番だ。

2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の組織として、「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。

 次は日本各地で、NOではなく、YESという抵抗のアクションを起す、クラークとベラルーシ出身の画家シャガールに倣って。

成年よ、抵抗を抱け。

最初から失敗することがわかっているような冒険でも、そこがパリであれば、

冒険を冒す価値がある。それがパリだ。

2018.11.15


2018年12月6日木曜日

【お知らせ】12月22日渋谷区光塾:市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会 「戦争と平和――NOでは足りない、YESを言い、実行する必要がある――」

東京渋谷の光塾で、今月22日(土)に、以下のスケジュールで市民立法「チェルノブイリ法日本版」の学習会を行います。
311からまもなく8年が経過。
私たちは、311直後のアクションを単に持続するのではなく、そこからもう一歩前に進む必要がある。
この間の振り返りの中から、新しい再出発を願っている人たちに向けて、以下のテーマ「戦争と平和。NOでは足りない――YESを、積極的に平和を創り出す必要がある」(そのレジメは末尾)について報告します。

第1部、戦争
 私たちは放射能を忘れたがっている。しかし、放射能は忘れさせてくれない。
 放射能のいつも変わらぬ無言のシグナルは
 ――ユルユルと、ボケっと生きてんじゃねえよ!

第2部、平和
 平和は歌を歌って実現するものでも、ハトや虹の絵を描いて実現するものでもない。
 そのためには、実現可能な明確なビジョンをつかみ、これを実行する必要がある。
 それが「平和を再定義すること」、平和に向けて持続可能な現実的なビジョンを持つこと。
311後の私たちに残されていること
 ――311原発事故後の「福島の犯罪」をただし、命の救済を現実化、具体化すること、
 それが、市民立法によるチェルノブイリ法日本版の制定。

(※)世界で最初の市民立法の条約(対人地雷禁止条約)を成立させた市民団体「地雷禁止国際キャンペーン」のメンバー。

 
 日時:2018年12月22日(土) 13:00~ (開場12:30) 
 会場:光塾公式サイト)   
     東京都渋谷区渋谷3-27-15 光和ビル地下1階
    (JR渋谷駅新南口すぐ マクドナルド向かい->地図)    
 演題: 市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会
       戦争と平和――NOでは足りない、YESを言い、実行する必要がある――
◆ 講師:柳原敏夫(市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会・共同代表)
◆ スケジュール
  柳原の話    13時~15時
  質問タイム   15時~15時半
  交流会     15時45分~17時
 参加費 無料(福島原発事故の避難者の方には交通費補助あり〔上限2千円〕)
 主催:脱被ばく実現ネット(旧ふくしま集団疎開裁判の会) 
     問い合わせ先 090-8494-3856(岡田)

          **************

戦争と平和(=命最優先の復興)
NO
では足りない――YESを、積極的に平和を創り出す必要がある

                                                柳原敏夫
自主避難者の人の言葉

それは――3・11以来、百戦百敗、ずっと負け続けてきた。なぜ負け続けているのか。その訳は私たちが旧態依然の発想しかできず、3・11以後の現実に追いついていないからではないか。


福島原発事故が明るみにしたもの

3・11原発事故が突きつけたもの――それは子どもの命・人権を守るはずの文科省や医学者が20mSv通知や「放射線の影響はニコニコ笑ってる人には来ません。クヨクヨしてる人に来ます

」等発言で「日本最大の児童虐待・最悪のいじめ」の張本人となり、加害責任を負う政府が救済者のつらをして、命の「復興」は口を閉ざし、経済の「復興」に狂騒し、汚染地の被害者は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済的「復興」の妨害者として迫害され、密猟者が狩場の番人を、盗人が警察官を演じる。狂気が正気の振りをし、正気が狂気扱いされている。3・11ショックのどさくさ紛れの中で、「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界が出現したことにある。

しかし問題はむしろ私たちの側にある。なぜなら、この悪夢のような出来事を前にして、「うそでしょう」「夢であって欲しい」と今なお茫然自失のショック状態にいるからある。そのため今なおこの現実と対決することができず、引きこもりかオリンピックのお祭り騒ぎかという現実逃避の中にいる。子どもの命を守るためにはこの現実逃避から抜け出す必要がある。そのためにまず次の問いが必要となる――このあべこべの世界はなぜもたらされたのか。


「あべこべ」をもたらしたもの
 
「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン)というメガネをかけてあべこべの世界を眺めると、3・11以後の「あべこべの世界」はショック・ドクトリンの正しい適用にすぎないと分かる。「ショック・ドクトリン」の原理は「危機のみが真の変革をもたらす」(山下俊一語録「ピンチはチャンス」)、それゆえひとたび危機が発生したら人々が茫然自失状態の間に一気呵成に「変革」を強行することが肝心で、この間に断固とした行動を取る機会を逸すれば、変革のチャンスは二度とやってこないと肝に銘じている。それが一方で、事故直後のどさくさ紛れに福島県のみ(!)学校安全基準の20倍引き上げの通知、ミスター100mSvの異名を持つ山下俊一発言と彼の設計による欺瞞的な福島県の県民健康調査、被害者の救済を原発周辺の住民に限定し、それ以外には徹底した自己責任(新自由主義)を押し付け、他方で、秘密保護法の成立、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、安保関連法の成立、共謀罪の成立と戦争に突き進む、憲法違反を承知で強引な政治改革の実現――それは3・11前には考えられなかったような、火事場泥棒の法的クーデタと呼ぶほかない異常事態である。3・11以後の日本は国中が原発事故に翻弄された国難などではなくて、「ピンチはチャンス」の通り、原発事故という危機をここぞとばかりに、私たちが茫然自失のショック状態の間に、一気呵成に、原発事故前には不可能だった政治改革を実現した千載一遇のチャンスだった。

このストーリーはチェルノブイリ事故でも実行され、「チェルノブイリの犯罪」と呼ばれだ。3・11以後の日本も「福島の犯罪」と呼ぶのが相応しい。小説家カミュは「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか」と言った。3・11以後の日本で、猛烈な執念で実行された「福島の犯罪」に対抗する術として、単にNO(「再稼動反対」「支援を打ち切るな」)と言うのでは足りない、「惨事便乗型政治改革」に代わる、積極的、ポジィティブな改革を言う必要がある。それが「これは犯罪であり、犯罪は正されなければならない」と証言することへの執念であり、これ以外に今の日本に何があるだろうか。この犯罪を正すこと、その最初の一歩が、原子力災害から私たちの命・健康・暮らしを守る世界最初の人権宣言である旧ソ連のチェルノブイリ法、その日本版を制定することにほかならない。


「もう一つのあべこべ」の可能性

だが、日本社会が持ちうる最悪の要素の全てを露呈した3・11以後の「全てがあべこべ」の暗黒時代にそれは可能だろうか。可能である。なぜなら、3・11以後に出現した「あべこべ」は生半可なものでなく、悪のあべこべだけでなく、政治を一握りの職業的専門家にお任せする「お任せ民主主義」から、アマチュアの市民が自ら統治する市民主導の参加型民主主義に交代する「もう1つのあべこべ」をも生み出したからである。それは《職業的専門家とアマチュアのあべこべの時代》をもたらし、3・11まで劇場の観客にすぎなかった市民が、3・11以後、みずから舞台に上り、政治、経済、科学技術、文化で発言するようになり、主役となろうとしたからである。これが市民主導で原子力災害から市民を守る立法=市民立法の基盤だ。

ただし、このあべこべは誕生したばかりで、これを育てるか枯らすかは私達市民の手にかかっている。そのためには過去に「市民立法」を実現してきた「希望の扉」を全て叩いて、扉を開け、希望の泉を汲み出し、芽をふいたばかりの私たちの取組みに注ぎ込む必要がある。公式の日本史に載らない、「希望の扉」が我が国に存在してきた、それも至るところに。市民の市民による市民のための市民立法「チェルノブイリ法日本版」のエッセンスは《今日の革命は参加という名前である》の言葉に詰め込まれている。NOでは足りない。3・11で被ばくした子どもたちを救えないようでは日本はおしまいだと絶望する前に私たちにまだやれることがある。私たちはミセン(未だ生きず)の中にいる。

2018.12.2 柳原敏夫)

【報告】三重県伊勢市&津市、1月12日(土)13日(日)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和--NOでは足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある--」

2019年最初の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会を、 1月12日(土)、三重県 伊勢市の あるる館 で、 1月13日(日)、三重県津市のギャラリー VOLVOX で、 「ふくしまいせしまの会 」の 主催で やりました。                       ...