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2026年2月28日土曜日

【報告(その2)】2月23日、さいたま市でチェルノブイリ法日本版の学習会で話せなかったこと「311後のあべこべの時代を正す、その原動力はどこに見出せるか」(26.2.23)

   映画「ニューシネマパラダイス」


 2月23日にさいたま市でやったチェルノブイリ法日本版の学習会、そこで話したいと思いながら、準備不足と当日の時間不足で話せなかったことがあります。

それは「311後のあべこべの時代を正す、その原動力はどこに見出せるか」についてです。
以下、まだ草稿段階のメモですが、これについて話したいと思ったことを記します。
2つあって、
1つは、「シンドラのリスト」の主人公オスカー・シンドラーのような原動力
もう1つは友情という原動力

1、オスカー・シンドラのような原動力
(前置き)
昔、スピルバーグがアウシェビッツの生存者たちから、ホロコーストの悲劇を、生存者が生きているうちに映画にして欲しいと懇請されながらずっとそれを果たさず、いわば逃げ回っていた。とうとう痺れを切らした生存者たちが「生存者たちが死んでしまうぞ!」とねじ込んだ末に、出来上がった映画が「シンドラ
のリスト」だった。そのことを知ったとき、だったら、なんであんなごろつきみたいな奴を主人公にしたんだろうかと不思議でたまりませんでした。その訳は主人公シンドラーはスピルバーグ自身だったからなんだとあとになって合点しました。スピルバーグは高貴な英雄を主役にする映画は作りたくなかった、自分自身みたいに、楽しいことに夢中になるごく普通の市民を主役にした映画を作りたかった。けれど、そんな映画をどうやって作っていいか分からなかった。それで、ずっと悶々として製作に着手できなかった。しかし、或る時、自分のようなチャランポランな普通の市民でも主人公になれる映画があることに気がついた。それが超チャランポランなシンドラを主役にした映画だった。
私もまた、
市民立法日本版を、高貴な英雄が主役になる市民運動にはしたくなかった、自分自身みたいに、楽しいことに夢中になるごく普通の市民が市民立法の主役になる市民運動にしたかった。けれど、そんな市民運動をどうやって作っていいか私も分からなかった。しかし、或る時、チャランポランな普通の市民でも主役になれる市民立法があるのではないかということに気がついた。それがシンドラーのようなチャランポランな普通の市民を主役にした市民運動だった。そしたら、これが311後のあべこべの時代を正す原動力のひとつになれるのではないかと思うになった。

 ただし、今回、私が惹きつけられた直接のきっかけは、シンドラーではなくて、ジョー・オダネルという元米従軍カメラマンでした。
というのは、彼のことを書いた「神様のファインダー」を読み、20代で広島・長崎の被爆地を撮影した頃の彼の雰囲気から、彼がよきにつけあしきにつけ、典型的なヤンキーの若者にしか思えなかったからです。そうしたアッケラカンとして能天気風だった彼が、その後、晩年に至り、原爆の犯罪を正面から訴える求道者に変貌したことに、いったい、彼はどこで、どう変貌したのか、それにとても関心が沸きました。

その謎について、彼自身が本の58頁以下に正直に書いていましたーーそれは、何か高い道徳的な感情に導かれてとかいう高貴な出来事なのではなくて、むしろそれとは正反対の、原爆の犯罪という悲惨な現実からずっと目を背けてきた自分が、このままではやっていけないと悪夢にうなされる苦痛の末に、この苦しみは原爆と向かい合う中でしか克服できないと悟り、そこで、原爆の犯罪を正面から訴える生き方を選択する。それを読み、何というリアルな出来事なのだろう、これは「シンドラのリスト」の主人公のようだと思いました。そして、これがむしろ普通の市民が辿ることができる、リアルな変貌の姿ではないかと思うようになりました。
つまり、311後のゴミ屋敷の日本社会を再建する取組みは、普通の市民にとって、何か高い道徳的な感情に導かれて行なうものではなくて、むしろそれとは正反対の、原発事故の犯罪という悲惨な現実からずっと目を背けてきた自分が、このままではやっていけないと悪夢にうなされる苦痛の末に、この苦しみは原発事故と向かい合う中でしか克服できないと悟り、そこで、原発事故の犯罪を正面から訴え、その救済を正面から取り組む生き方を選択することなのではないかと(未完)。

2、友情という原動力
それは、映画「ニューシネマパラダイス」で描かれた友情のことです。は、この映画の中で、主人公の貧しいトトが失恋し失意の底にある時、親父代わりの映画技師アルフレッドからこう言われて、それで背中を押され、トトは自分の進むべき道を悟る、そして、それを一途に貫く。
最近、久々にこの映画を観たとき、この二人の友情は何と貴いものだろうか、本当に人生の最高の宝もの、糧だと思い、同様に、このような友情こそが日本版の原動力なんだと実感しました。
「日本版のために自分のすることを愛せ  
 子どもの時、映写室を愛したように」

アルフレッド「人生はお前が見た映画とはちがう。
       人生はもっと困難なものだ。
       行け
       ローマに戻れ
       お前は若い
       前途洋々だ          」
トトがローマに旅発つ日、駅で
アルフレッド「帰ってくるな 
       私たちを忘れろ   
       ノスタルジアに惑わされるな
       すべてを忘れろ
       ‥‥‥‥‥‥
       自分のすることを愛せ  
       子どもの時、映写室を愛したように」


2026年2月27日金曜日

【報告】2月23日、さいたま市でチェルノブイリ法日本版の学習会『「What time is it ? 」その答えは「あべこべの時代」』(26.2.23)

2月23日、さいたま市浦和区の「ぱる★てらす」で、生活協同組合パルシステム埼玉 ピースインターテーマグループ主催のチェルノブイリ法日本版の学習会をやりました。

以下、そのレジメ(>PDF)と動画(前半が講師の話、後半が質疑応答)とプレゼン資料です。

            チャップリンの「独裁者」の冒頭の飛行シーン 

What time is it ?――311後のゴミ屋敷を人権屋敷に再建する時代――

1、この質問はチャップリンの映画「独裁者」の冒頭に出てくるセリフです。戦場で、兵士チャップリンが上官と雲の中を飛行中、知らない間に飛行機がさかさに飛び、表題の質問に彼が懐から懐中時計を取り出すと時計の鎖がとび上がってビックリするシーンです。そのシーンが示すように、答えはあべこべの時代です。
このあべこべが現代でも続いている。しかも現代はそのあべこべが前例のないくらい極端なまでに進んだ時代です。なぜなら、現代は311後=原発事故後の社会だからです。原発事故とは何か。それは人類が推し進めてきた科学技術の最先端で登場した、最先端の科学技術がもたらした最先端のカタストロフィー(大惨事)だった。つまり、原発事故は私たちの科学技術の栄華の成れの果ての姿です。その結果、311後の日本社会は原発事故の救済を全面的にネグレクト(放置)する人権侵害のゴミ屋敷となった(日本政府がやったことは次の3つだけだった。①情報を隠す②事故を小さく見せる③基準値の引上げ)。そこでは、原発事故を起こした加害者たちは救済者のつらをして、命の「復興」は言わず、「経済復興」と叫んで堂々と開き直り、命に危険にさらされた被害者は「助けて」という声すら上げられず、上げようものなら経済「復興」の妨害者として迫害される、あたかも密猟者が狩場の番人を、盗人が警察官を演じている。安全を振りまくニセ科学が科学とされ、危険を警鐘する科学がニセ科学扱いされる、狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされるというあべこべが出現したからです。なぜ、311後の日本社会はこのようなあべこべの、そして人権侵害のゴミ屋敷社会になってしまったのか。

2、注意深く観察すると科学技術によって引き起こされた事故はいつも2つの顔を持っています。1つは「自然対人間」の関係で見せる顔。もう1つは「人間対人間」の関係で見せる顔。「自然対人間」の関係で原発事故が示す本質は空間的にも時間的にも前例のない「惨劇」です。40秒足らずの実験の暴走で欧州全土が人の住めなくなる寸前までいったチェルノブイリ事故。2号機に水が入らず、東日本全滅を覚悟した福島原発事故。時間的には「これから100年放射能と付き合うために」(菅谷昭前松本市長)という覚悟が問われる。さらに原発事故はそれだけでは済まない。もう1つの顔が存在する。それが原発事故が「人間対人間」の関係で示す顔、その本質は「犯罪」です。チェルノブイリ事故で欧州全土を救った物理学者のワシリー・ネステレンコ、その彼に与えられた恩賞は所長の地位解任とKGB(ソ連の諜報機関)による二度の暗殺計画でした。理由は、国から「パニックを煽るろくでなし」と警告されたにもかかわらず、放射能を感知する器官を持たない汚染地の住民たちが無防備なまま取り残されているのに対し彼らの保護を訴え続けたからです。

福島原発事故も、いくら健康被害が発生しても国は「私たちは何も知らない、語れない」。チェルノブイリですら認定された原発事故と小児甲状腺がんとの因果関係も今なお頑なに認めようとしない。にもかかわらず、敢えて健康被害を語ると、漫画「美味しんぼ」のように、「パニックを煽るろくでなし」(今日ではより洗練された言葉で「風評被害」)と罵られる。それは国の確固たる信念と世論操作に基づいたもので、もはや単なる事故ではなく、226事件、サリン事件のように事件・犯罪と呼ぶのがふさわしい。それが311事件です。その結果、出現したのが最先端の科学技術がもたらした最先端の大惨事である原発事故を前にして、その救済を全面的にネグレクト(放置)し、至る所が人権侵害のゴミ屋敷と化した日本社会。

3、ゴミ屋敷についてもまた、科学技術によって引き起こされた事故が持つ2つの顔が厄介さを倍加する。1つ目の顔が「自然対人間」の関係での厄介。それが「見えない、臭わない、味もしない、理想的な毒」である放射能の特質がフルに反映した、見えない、臭わないゴミ屋敷。それは私たちの五感の通用しない「日常生活」と分断された被ばくがもたらす放射能汚染と健康被害の壮大なゴミ屋敷。もう1つの顔が「人間対人間」の関係での厄介。それが私たち市民が、単に今日の国や科学者の政策に翻弄されているばかりではなく、明治維新以来ずっと市民を支配してきた国や科学者の政策に今なお翻弄され続けているという事実。とりわけそれは、小児甲状腺がんだけでも明らかですが、放射能による健康影響に声をあげない医療関係者たちの中に顕著に現れている。それは七三一部隊の伝統が水面下で悪夢のように今も医療関係者たちをがんじがらめに押さえつけているからです。そこで日常的に行なわれた人体実験は重大な犯罪だった。しかし、この犯罪は戦後、裁かれなかった。米国と、人体実験のデータの提供を引換に戦争犯罪の免責という取引(密約)が成立したからです。その結果、免罪された七三一部隊はトップから総勢1万以上の隊員は、ひとにぎりの例外を除いて、戦後日本の医療・医学界・製薬業界に復権し、人体実験で得た研究データを活用して要職につき大きな力を持った。同時にそれは戦後日本の医療・医学界・製薬業界の水面下で、七三一部隊の思想・哲学・方法が伝統として生き延びることでした。お国のためなら「人体実験」に手を染めた思想が水脈のように受け継がれ、311の核戦争(福島原発事故)の発生で、再び戦争と「医の倫理」が衝突したとき、脈々と受け継がれてきた七三一部隊の思想・哲学・方法が原発事故の正しい救済をかつてないほど大きく歪曲していった。それが311後の日本社会を壮大なゴミ屋敷にしている歴史的、根本的な原因の1つなのです。

4、これらの異常事態を前にして、そこにネグレクト(放置)された真の被害者は、百年続く福島原発事故の健康被害で苦しむ人たち、今後の原発事故発生によって、福島原発事故と同じ苦しみを味わうことになる(未来しかない)子どもたちです。その人たちは「人間として扱われる」必要があります。そのためには、311事件でゴミ屋敷と化した日本社会を人権屋敷に再建する必要があります。

その最初の一歩が、原発事故の国家責任を正面から承認し、国家の義務として、原発を通常に運転する時における放射線防護の世界標準(年1mSv)を原発事故の時にも適用して年1mSv以上の汚染地域に住む住民に「避難の権利」を保障したチェルノブイリ法、それを市民主導の「市民立法」の方法で、日本で実現しようという市民運動「市民が育てるチェルノブイリ法日本版」です。いま、日本を戦争の国にさせないために最も貢献している法律は1999年に成立した情報公開法です。当時、この法律には与野党も大手労組も全て関心を示さなかったため、市民が主導して日本各地の自治体で情報公開条例を積み重ねた末に制定されました。その市民主導の成功体験をモデルにして、ゴミ屋敷に化した日本社会を人権屋敷に再建しようというのが市民立法「日本版」です。

311後に生きる私たちにとって、未来しかない子どもたちにとって、この脱ゴミ屋敷への執念以外に、外に何が残されているだろうか。原発事故の犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、市民の連合の力を実現することへの執念のほか、この世に何があるだろうか。これが市民立法「日本版」の執念です。                        (2026.2.23)

 ◆動画
前半(講師の話)



後半(質疑応答)
 

◆プレゼン資料(>全文PDF


 

2025年12月17日水曜日

【報告】12月10日、オンライン講演会<子ども達を被ばくから まもりたい!>~甲状腺がんと安定ヨウ素剤の必要性~(講師牛山元美医師)

              講師の牛山元美さん(医師)

事故から14年が経ち、放射能の危険性が薄らいでいく中、私達の再稼働反対の声は無
視され、各地で原発が再稼働され始めています。
未だ原子力緊急事態宣言発令中で、収束していない福島の原発事故。
小児甲状腺がんの若者が福島県だけで428人にもなってしまった現実。
あってはならない事故がまた何処かで起きた時、子ども達を被ばくから守るため、私
達大人に出来る事はなにかを牛山医師のお話をお聴きして、皆さんとご一緒に考える機会にしたいと思います。
そう思い、2025年12月10日にオンライン講演会を、2度目の登壇となる牛山元美医師()からお話して頂きました。

)プロフィール
神奈川北央医療生協理事長、 さがみ生協眼科内科部長
甲状腺がん支援グループあじさいの会共同代表
一度目の登壇は、2018年3月
の日本版の会結成の直前に、東京渋谷の光塾で「臨床医が語る、原発事故からの7年 ―子どもの甲状腺がんは?健康被害は?」というテーマで講演してもらいました(>そのときのお知らせ報告動画)。

以下、牛山さんの講演の動画と講演資料とチラシです。 

動画


講演資料 PDFは>こちら

チラシ


2025年12月16日火曜日

【お知らせ】ニュースレター第12号の発行 (2025.12.15)

   市民が育てるチェルノブイリ法日本版の会では、全国各地の会員の日々の取り組み、活動を随時、ニュースレターにして発行、賛助会員その他支援者の皆さんに配布しています。

これまでのニュースレター

     第1号->こちら
     第2号->こちら
     第3号->こちら
     
第4号ー>こちら
     第5号ー>こちら
     第6号ー>こちら
     第7号ー>こちら
     第8号ー>こちら
     第9号->ちら
     第10号ー>こちら
                  第11号ー>こちら

                  第12号ー>こちら

 

このニュースレターを周りのに配布、拡散したいとご希望の方は

下記(岡田)までご連絡下さい。  

toshiko_english*xf7.so-net.ne.jp(*を@に置き換えてください)

              

2025年10月2日木曜日

さよなら原発9/23全国集会のブースに 3団体共同で出店しました。

 9月23日「さよなら原発9.23全国集会」に、「311子ども甲状腺がん裁判」「脱被ばく実現ネット」そして チェルノブイリ法日本版の会 の3団体共同ブースを借り出店しました。

ご参加ご協力してくださった皆さん、どうもありがとうございました!!

以下、参加された方々からご感想をいただきましたので、当日の写真とともにご報告いたします。



◎佐藤光士郎さんより
  
新しく日本版や子ども甲状腺がん裁判に関心を示してくれる人に出会えた貴重な機会でした。元々原発の問題に関心があって運動にコミットしている人同士の交流が多いのではないかと思っていましたが、今福島県で起きている被害や甲状腺がんの問題を全然知らなかったという人からも関心を示してもらえたのが嬉しかったです。福島原発事故に関連する問題は日に日に忘れられてきているといわれています。一方で、原発事故に関連する命、健康、暮らしが脅かされている状況は今日も続いています。今回、ブースに立ち寄った方々とのお話の中で、命・健康に関する「不安」は、声をあげて訴えている人々の間だけでなく、被ばくに関連する話題が共有されにくい雰囲気の中にいる人の間でも抱かれていることがわかりました。ますますこうした問題が解決されなければならないと思いました。チェルノブイリ法日本版があれば、こうした人々の不安や苦しみは解消されます。人々が安心して生活したいという願いを法律という形にできるよう、一歩一歩活動を進めていきましょう。


◎郷田みほさんより

9月23日「さよなら原発1000万人アクション」が代々木公園で4500人参加で開催されました。市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会は「311子ども甲状腺がん裁判」「脱被ばく実現ネット」3団体共同で、初めてブースを借り出店しました。
場所も1番と会場入り口だったためか、多くの方が顔を出してくださいました。
何年かぶりの方とか、久しぶりの方とお会いできる、東京集会は楽しみの一つでもあります。

ブースではチェルノブイリ法のチラシとニュースレター、そしてブックレット「わたしたちは見ている」を。311子ども甲状腺がん裁判はリーフレットと最新のニュースレターを。脱被ばく実現ネットは11月8日新宿デモのチラシを店頭に並べ、立ち寄ったくれる方にはもちろん、行き交う方達にもどんどんチラシを配り、私たちの会の存在をアピールしました。持ち込んだチラシ500〜600枚は配ったのではないでしょうか。立ち寄ってくださった方には、ブックレットを紹介して、チェルノブイリ法日本版の必要性を話し、詳しくはこちらに書いてあります。読んでくださいとおススメしました。20冊近く売れました。

また、若い方が「原発と甲状腺がんは関係あるんですか?」「5歳の時福島県で被ばくをし、検査をしたら異常があると言われたので不安です」と、とブースに立ち寄ってくれました。
甲状腺がんについて、誰にも相談できず、1人で悩んでいる子ども達が、まだたくさんいるんだと、改めて原発事故が終わっていないことを実感しました。
また、ブースに立ち寄って、熱心に話を聞いてくれる若者もいました。

ステージでは落合恵子さん、鎌田さん、おしどりマコケンさん、各団体がアピール。
原発をゼロにした台湾の報告は聞いてみたかったが、残念ながら聞くことはできなかった。

ブースを出すと、後片付けなどでパレードには参加できませんでしたが、近くでお茶をして解散しました。
有意義な一日でした。

あっ、それから美味しい差し入れを、たくさん入れてくださった方がいらしゃっいました。
ありがとうございました。

参加の皆さん(岡田、柳原、松本、宮口、吉田、佐藤、小笠原、漆原、富塚、白石、郷田)お疲れ様でした。





◎松本徳子さんより

今回3団体によるブースに参加させて頂き、関わった3団体の各皆様に感謝申し上げます。

2011年3月11日東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故後、原子力発電所が齎す多大な被ばく、避難の問題を認識し、被ばくを避ける為に母子避難を経験した者として、各市民団体のお力添えにより2016年7月12日に避難の協同センターが立ち上がった際、初めて〈さよなら原発全国集会〉に避難の協同センターとしてブースを開かせて頂き、2度壇上に登壇し発言した事を思い出しました。
あの当時はブースが端から端まで様々な団体が参加されていましたし、避難の協同センターの旗を掲げてスタッフ一同デモ行進にも参加しました。

事故後14年15年目を迎え、私も歳を重ね50代から60代半ばとなり生活も変わりました。
しかしながら、原子力事故は未だに終わっていない事、何一つとしてこの日本は変わっておらず、福島は復興の名の下、小児、子どもたち、妊婦まで被ばくを強要させ続け、多核種の高濃度の放射性物質を勝手に『復興再生土』と名前を変え、8000bq以下は安全な土と各地に拡散が始まり、海洋には汚染水を安全なALPS処理水と称して、大量の多核種の放射性物質は処理されないまま薄めて放出されている事を 日本の国民は忘れた様です。

犠牲が子どもたちに広まっている事もまるで他人事の様で、世間では東京電力福島第一原子力事故は福島だけの問題で、今や復興に向かって邁進する事が前提で、事故の被害が福島だけに止まっていない事は日本の報道では伝えられず、未だに継続していると思っている市民は少人数となった為か、今回、各団体のブースは約半分以下に減少していました。

その中でも 各団体が抗い〈さよなら原発〉を願い集まった団体の方々の いつものお顔に感動した一日でした。
特に 2011年7月に母子避難した当時から支援をして下さっている神奈川県市民の皆さまに お逢い出来た事が希望でした。

本当に長時間ありがとうございました。




    *緑の風船は「甲状腺がん裁判」の方が用意してくださいました!

◎「脱被ばく実現ネット」の宮口髙枝さんより

 去る23日(火)代々木公園で「さよなら原発」集会が開かれました。参加者は4300人と発表。
チェルノブイリ法日本版の会がブース代を負担して下さり、脱被ばく実現ネット、3.11甲状腺がん裁判の3団体が同じブースで活動をシエア。 3団体で活動するメンバーは重なって活動している場合が多いです
(例:岡田さん宮口は脱被ばく実現ネット、3.11甲状腺がん裁判の支援をし、日本版の会のメンバー)
 原宿駅からきて代々木公園に入ると各団体のブースが両側に並びました。
私たちのテントは、右手の手前、テントNO.1のブース。
”チェルノブイリ日本版の会” ”3.11子ども甲状腺がん裁判”の横断幕をテントの横に張り巡らし、脱被ばく実現ネットの幟旗は角にセット、机の前には子ども甲状腺がん裁判のプラカードを掲示。チェルノブイリ法日本版の会のチラシ、デモチラシを拡大コピーし、テントに掲示しました。
他のブースに比べるとかなり華やかに目立ち、持ち込んだデモチラシや、チェルノブイリ法日本版の会案内チラシ・会報とブックレット「子どもたちは見ていた」、3.11子ども甲状腺がん裁判の会報等、テーブルの上に並べました。
   集会が終わるころには、持ち込んだチラシ、会報などはほとんど配布。受け付けは参加したメンバーが交代で、お互いに知っている範囲で訪れた方々に説明、対応。テント内ではそれぞれで活動など話し質問し、3団体の交流にもなったようでした。
テントには福島原発関連避難者や、裁判関係者など、様々な方々がブースに寄ってくだり、有意義な時間を過ごしていたようです。
 集会の参加者は例年に比べ参加者が少しずつ少ない傾向のようですが、集会後は新宿、渋谷と2手に分かれてデモ行進がありました。
私たちはテントの最終撤収や片付け等に携わり、デモ行進には参加せず。明治神宮に入る手前の喫茶店で、柳原弁護士もご一緒にのどを潤し、柳原さん、佐藤さん、岡田さん、郷田さん、宮口で普段なかなかゆっくり出来ない時間を共有し、有意義な時間を過ごしました。




2025年6月8日日曜日

【お知らせ】ニュースレター第11号の発行 (2025.06.05)

   市民が育てるチェルノブイリ法日本版の会では、全国各地の会員の日々の取り組み、活動を随時、ニュースレターにして発行、賛助会員その他支援者の皆さんに配布しています。

これまでのニュースレター

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2025年3月31日月曜日

【報告】3月11~12日、チェルノブイリ法日本版の兵庫県市川町での学習会(25.3.31)

1、はじめに
3月11~12日、チェルノブイリ法日本版の学習会を兵庫県市川町でやりました。生まれて初めて、脚本家橋本忍の生地(鶴居)の播州平野に足を踏み入れた。

        播但線の鈍行列車から見える播州平野と初めて見た路線図(路線画?)
                最寄の下車駅「甘地」

2、今回の呼びかけ文とプログラム
 今回の学習会を企画されたのは市川町の光円寺の後藤由美子さん。彼女からの熱心なご依頼で、3回にわたって学習会・交流会をやることになりました。以下が、その呼びかけ文とプログラムです(PDF>こちら)。

(1)、1日目の午後
 最初の11日午後は、主に浄土真宗の信徒さんたちを相手の学習会。信徒さんたちを前にした日本版の学習会は生まれて初めてのことなので、果して出来るんだろうか、どうしたらよいかと正直戸惑いました。

後藤さんからあらかじめ「法と仏教をつなげる試み」といったレジメを渡されたのですが、仏教の素養がまるっきりない私にはチンプンカンプンで、急遽、以前からその行動に強い共感を抱いていた蓮如の御文の解説などを手にしたものの日本版とのつながりはぜんぜんピンと来ず、結局、自分が311直後に突然、ユダヤ教徒になってもいいと思った体験(旧約聖書のモーセ、エレミアなどの預言者たちの書やマックス・ヴェーバーの「神義論」に惹かれた体験)に立ち返って語るしかないと思い、その結果、日本版の学習会で初めて311後の私個人の宗教的な体験を語ることになりました。

とはいっても、いきなり宗教的体験を話すのも何ともはばかれて、最初は自身の家族について話すことにしました。それが、

父よ母よ--人権のない世界の住民と人権の世界の住民を分け隔てるもの--

でした(以下のプレゼン資料>PDF参照)。

(2)、1日目の夕方
「人間の尊厳が守られる社会を実現するために」という題で、山田悦子さんから提言をしてもらい、それについて活発な意見交換をしました。

(3)、2日目
 それと同時に、2日目の「チェルノブイリ法日本版条例案について」も、これまでのような説明ではない、もっと参加者の人たちの胸にストーンと落ちるような話をすること、これが昨秋からずっと思案していた懸案事項だった(そのささやかな試みが昨年10月の埼玉でのミニ学習会>報告はこちら)。しかし、法律の具体論を一般市民の心にストーンと落ちるように話すのは言うは易き、行い難しの難問で、今回も直前まで難航した。

その時、思い詰めていた私の目の前に現れたのは自然農法の福岡正信の「わら一本の革命」だった。彼の粘土団子の話は私の心にストーンと落ちた。そうだ、これだ、日本版の具体論も「粘土団子」のように説明できたら、きっと、聞いた人たちの胸にストーンと落ちるにちがいないと。では、日本版にとって「粘土団子」は何なんだろうか?そう思って見渡したところ、日本版にはそんな「粘土団子」みたいなアイデアはころがっていなかった……と思って、思案していたら、ふとブックレットにコラムとして書かれた、市民自らの手で原発事故後の放射能汚染マップを作成する「市民放射能測定システム」が頭に浮かび、ひょっとしてこれが「粘土団子」に相当するんじゃないかと。そう直感したので、翌日、思い切って、これを学習会の場で「粘土団子」みたいに、参加者めがけて投げた。
……そしたら、
「面白い」「やってみたい!」
と思いがけないほどの反響が返ってきて、投げた本人がビックリするほど。学習会でこれほどビビッドにリアクションが返って来たのはこれが初めてだった。これはオープンな性格の関西のせいなのか、それとも取り上げたテーマのせいなのか。ともあれ、これは画期的な出来事だった。
そして、そこからさらに、もう1つの「粘土団子」を思いつくことになり、それが「日本各地の自治体レベルで実施する子どもたちの甲状腺検査」プロジェクト(その詳細>こちら)。これも聞いた人から「それはいい」とビビッドにリアクションが返って来ました。

これまで体験したことがないような、珍しい、貴重な体験にめぐり会えた市川町での学習会でした。

以下、それらの動画、プレゼン資料。

2、1日目の学習会

 動画その1
  講師柳原敏夫の話

 

動画その2
 ・日本版の会の協同代表岡田俊子のお話。
 ・講師柳原敏夫のその1の続き。
 ・会場の参加者とのQ&A



プレゼン資料 PDFこちら


3、2日目の学習会

 動画その1
  講師柳原敏夫の話
  ・避難者追い出し裁判の報告
  ・チェルノブイリ法日本版の具体的な話

 動画その2
  講師柳原敏夫の話
  ・チェルノブイリ法日本版の具体的な話の続き
   とりわけ「生成法]について
  ・参加者とのQ&A  


プレゼン資料 PDFこちら




【報告(その2)】2月23日、さいたま市でチェルノブイリ法日本版の学習会で話せなかったこと「311後のあべこべの時代を正す、その原動力はどこに見出せるか」(26.2.23)

   映画「ニューシネマパラダイス」  2月23日にさいたま市でやったチェルノブイリ法日本版の学習会、そこで話したいと思いながら、準備不足と当日の時間不足で話せなかったことがあります。 それは「311後のあべこべの時代を正す、...