|
|
|
「311後の日本社会と心中するのはバカバカしい」、311後のゴミ屋敷に化した日本社会を再建するための報告と対話集会を東中野のポレポレで、7月12日(日)の12時と14時半と各2時間ずつ、2部制で行ないました(>そのお知らせ)。
当日は1回目、2回目とも盛況で、遠くカナダ・米国、イタリア、九州、青森からも参加があり、原発事故は国境なきカタストロフィ(惨劇)であることを実感しました。また、当日、この対話集会を知って、申し込んでくれた方もいました。
第三部の対話の部分は非公開ですが、そのほかの報告の第一部・第二部の動画とパワポ資料は以下です。
◆◆第1回目(司会:さわいめぐみさん)◆◆
第1部(登壇者:小川晃弘・郷田みほ)
※ パワポ資料(全文>PDF)
※ 後半に登壇した郷田みほの話は、2018年12月、日本版の会で初めて福島県(郡山市)で開いた学習会の内容についてです。その時の動画、プレゼン資料(>全文のPDF)は以下です。
【報告】福島県郡山市、12月1日(土)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和--3.11ショックに対抗する、もう1つの『あべこべ』は可能だ--」(2018.12.2)
第2部(登壇者:柳原敏夫)
※ パワポ資料(全文>PDF)
◆◆第2回目(司会:さわいめぐみさん)◆◆
第1部(登壇者:小川晃弘・郷田みほ)
第2部(登壇者:柳原敏夫)
◆ラストの締めくくり(小川晃宏と柳原敏夫)
◆集会を終わっての感想(順次、アップします)。
・郷田みほ
市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会による「第1回対話集会」が、7月12日に東中野の「ポレポレ座 space&cafe」で開催されました。
初の試みということもあり、当初は思うように集客ができず心配していましたが、直前になって問い合わせが増え、前日の新宿アピールでチラシを受け取ってくれた方も駆けつけてくださいました。当日は多くの方にご来場いただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
まず、第1部で小川さんが、賛成反対の対立の先にあるものとして、民主的手続きの回復、人権に基づく対話、目的の共有へを掲げ、これらを実現するものこそが「チェルノブイリ法日本版」であるとお話しされました。
その中で、に私たちの「郡山の会」を紹介してくださり、私からは、会の立ち上げから現在までの歩み、この15年間における福島の現状、そして今、被災地に必要なのは「チェルノブイリ法日本版」であるという想いをお伝えしました。
続いて、柳原さん、金澤さんと熱のこもったお話しがあり、聞き入ってしまいました。その後のフリートークでは、参加者の皆さんが日頃から抱えていた想いや、誰かに聞いてほしかったことを率直に吐き出し合える、貴重な時間となりました。
さわいさんのスムーズな進行のおかげで対話が深まり、非常に充実した時間を持つことができました。
閉会直後、その場で「会員になります」と申し出てくださる方が何人もおられ、この集会が持つ意義の深さを確信する一日となりました。
・柳原敏夫(2度目)「小川晃弘さんの話を聞いて思い直したこと(小川さんとの対話)」
この日の対話集会で、小川さんは、人権団体は星の数ほどあるかもしれないが、福島原発事故の救済について、正面から取り組んでいる団体はないんじゃないか、と指摘しました。この問題意識が彼に日本版の会に参加させる動機のひとつになっていたことも理解しました。
そして、彼の指摘は重たいと思いました。私もまた、311までそうだったからです。私が社会問題に初めて首を突っ込んだのは遺伝子組換え技術(バイオテクノロジー)の暴走に危機感を抱いたからです。そのとき、もうひとつの先端技術である核技術(原発)の暴走が目の前にありました。しかし、これは原発反対の市民が頑張っているからきっと大丈夫だろう、自分は誰も手をつけないバイテクの暴走に向かってもいいだろうと自分を言い聞かせました。しかし、その考えは甘かった。311で文字通り、原発が暴走したからです。
そこで、己の無知を恥じ入ると同時に、自分の取組みをバイテクの暴走から原発の暴走にシフトし、原発事故の救済を教科書に載っている万の議論よりも、福島原発事故というこの1個の生きた事例、人々を途方もない困難で苦難の中にほおり込んだ惨劇と犯罪の中で考え、行動するしかないと態度を変更しました。それが、人権を教科書に載っている万の議論で考えるのではなく、福島原発事故という生きた事例の中で考え、行動することでした。
百十年以上前、世界最初の世界大戦が勃発したとき、それまで社会正義を唱えていた星の数ほどあった社会主義団体がこぞって「祖国防衛」に転じ、市民の合法的大量殺戮(=戦争)を追認しました。原発事故は戦争です。原発事故が発生したときにも「祖国防衛=祖国の経済復興」が声高に唱えられ、経済復興の非協力者は非国民扱いされました。そして、市民の被ばくによる大量健康被害が追認されました。これ以上の人権侵害はない、これ以上の残虐な犯罪はない。もし(特定の取組みに限らず広い取り組みをする)人権団体と名乗るところがそれと向き合おうとしないのであれば、その人権団体は「祖国防衛団体」と改名したほうが歴史の審判を受ける上で分りやすいのではないか、と自戒の念を込めて思いました。
・小川晃弘
私たち「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」では、2018年の立ち上げ以来、全国各地で学習会を重ねてきました。しかし、これまでの活動が一方通行になりがちだったという反省を踏まえ、今回初めて「対話集会」を企画しました。日本版をどのように実現すればよいのか、学びを重ね、試行錯誤しながらこの運動を作り上げてくる中で、私たちがようやくたどり着いたのが「人権」という視点でした。
今回、事故当時に双葉町に住んでいらした参加者の方から、「これまで人権侵害されていると考えたことはなかった(が、これは人権の問題なのだと気づいた)」という言葉をいただいた時、私たちの運動のスタンスは間違っていなかったと確信することができました。さらに、「人権を突き詰めていけば、結局のところ原発は推進できない」という他の参加者からの言葉も深く胸に響きました。
これまで私たちは、核災害が起きた際には誰もが被害者になりうるという「潜在的被害者としての共通性」を運動の鍵の一つに据えてきました。しかし今回の対話を通じ、除染作業に関わる人々やウラン鉱山で働く人々など、あらゆる人の命と健康を守らなければならないという、より広い人権の視点に私自身も改めて気づかされました。
こうした対話集会を、今後も全国各地で続けていきたいと考えています。私たちの活動に賛同してくださる方、当会宛て(toshiko_english@xf7.so-net.ne.jpか090-8494-3856〔岡田〕)にぜひご連絡をいただけますと幸いです。
・柳原敏夫 「人権について、市民と初めて対話が成立した日」
私は、2年前の正月に、人権の価値を発見したと気づいて以来(その報告の1つ>こちら)、今年1月9日の避難者追出し裁判の最高裁判決で、「人権の重要性に照らして内掘福島県知事決定は違法である」と判断した三浦守意見が私にとって、人権について対話が成立した初めての経験だった(その報告>こちら)。
ただし、その対話の相手は法律家であって、一般の市民ではなかった。一般の市民の人たちの中から、人権について対話が成立したのがこの日が初めてだった。だから、私は集会のラストでその感動について言わないでおれなかった(>こちら)。
集会の後半(第2回目)の第3部で、双葉町から避難した若者が参加し、発言しました。それは311で自分が被害に遭っているとは感じてきたけれど、それが人権侵害だとは知らなかった、それに今日、気がついた、というものでした。実は、私はそのような気づきの対話がしたくて、今日の準備をしてきたのです。自ら手を挙げて発言をした彼女のストレートな言葉を聞いて、この人は「さなぎが蝶に羽化する瞬間のように生き直そうとしている」と思えて、本当によかった、このことだけでも今日の対話集会をやった甲斐があったと思いました。
同時にそれは、私自身にとっても、人権に対する、もう一度、新たな気づきでした。本日の集会の準備をしていた前夜、5年前に3回目の総会を終えたときに気がついたことをニュースレター第4号に書いていた(>こちら)のを読み直し、本当にそうだ、悲惨な被害に遭うこととそれが人権侵害だと理解することとは別物なのだ、人権のメガネをかけない限り、人権侵害は見えない、人権侵害が見えない限り、チェルノブイリ法日本版の制定という人権救済のアクションにも出れない、それを合点したことを、本日の集会の彼女の発言で、まざまざと思い出したので、それを以下に再掲しようと思った。
人権はこれを保障する憲法が制定されたから私たちの目の前に存在するものではありません。私たちが発見して初めて存在するものです。なぜなら、人権の本質であり出発点である「個人の尊厳」つまり、どんな地位、職業、社会的評価であろうとそれに関係なく、この世に同じ人間は二人といない、ゆえにひとりひとりの存在こそ至高の価値を有し尊い存在なのだという「個人の尊厳」は、事実として自然に存在するものではなく、私たちが「価値(理念)」というメガネをかけたとき初めて見出しうるもの、人間が「考える葦」になったとき初めて発見できるものだからです。
なおかつ、人権宣言の歴史が教えることは、私たちはいきなり「人権を発見」することはできないということです。いつも最初に発見するのは「人権侵害」です。だからといって、私たちは目の前にいくら悲惨な被害という現実を積み上げていったとしても、それで「人権侵害」に自然に辿り着く訳ではありません。「人権侵害」に辿り着くためには、目の前の悲惨な被害という現実に対し、私たちの心の中で「私たちを人間として扱え!」という声が私たちの心の中から沸きあがる必要があるからです。その意味で、「人権侵害」も(自然に見えるものではばく)発見するほかないものです。
放射能による健康被害という未曾有の惨禍に対し、放射能災害における人権保障という観点から救済を定めたのがチェルノブイリ法日本版です。しかし、この法律の意義を理解するためには、放射能による健康被害という現実を「人権侵害」としてとらえ直すことが不可欠です。それは私たちが「考える葦」になったとき初めて発見できるものなのです。





















