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2019年5月25日土曜日

【報告】東京都文京区、5月19日(日)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和--私たちは放射能を忘れたがっている。しかし、放射能は忘れさせてくれない。非日常の非人間的現象にボーとしないで、3.11ショックから立ち直り、正気に帰る必要がある--」

 2019年5月の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会を、 5月19日(日)、NPO「ふくしま支援・人と文化ネットワーク」主催、東京都文京区の本郷文化フォーラム(東京都文京区本郷3-29-10 飯島ビル1階)でやりました。




以下の写真2枚はNPO「ふくしま支援・人と文化ネットワーク」代表神田香織さんFacebook提供。


以下、当日の動画とプレゼン資料&配布資料です。

動画

プレゼン資料(全文のPDFは->こちら) 
http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/190519presenTokyo.pdf
 
配布資料(PDFは->こちら
新しい酒を新しい皮袋に盛る市民立法「チェルノブイリ法日本版」
2019年5月19日
                                                       育てる会共同代表 柳原敏夫

福島原発事故で私達は途方に暮れました。日本全土と近隣国を巻き込み、過去に経験したことのない未曾有の無差別過酷災害だからです。ところが未曾有の事故にもかかわらず、従来の災害の発想で救助・支援が行われ、そして支援は打ち切られました。「新しい酒は新しい皮袋に盛れ」、これが私たちの立場です。未曾有の無差別過酷事故には未曾有の無差別の救済が導入されるべし、それが健康被害が発生しようがしまいが事前の一律救済を定めた、原子力事故に関する世界最初の人権宣言=チェルノブイリ法です。

福島原発事故で私達は途方に暮れました。放射能は体温を0.0024度しか上げないエネルギーで人を即死させるのに、目に見えず、臭わず、痛くもなく、味もせず、従来の災害に対して行ったように、五感で防御するすべがないから。人間的スケールでは測れない、ミクロの世界での放射能の人体への作用=電離作用という損傷行為がどんな疾病をもたらすか、現在の科学・医学の水準では分からないから。つまり危険というカードが出せない。にもかかわらず、危険が検出されない以上「安全が確認された」という従来の発想で対応し、その結果、人々の命、健康は脅かされました。「危険が検出されないだけでは足りない。安全が積極的に証明されない限り、人々の命を守る」、これが私たちの立場です。つまり人々の命を被ばくというロシアンルーレットから守る。それが予防原則で、これを明文化したのがチェルノブイリ法です。

福島原発事故で私達は途方に暮れました。最初、人々は除染で放射能に勝てると教えられました。しかしそれが無意味な試みと分かると口を閉ざしたからです。避難できず、苦悩が人々の避難場所となりました。「苦悩という避難場所から脱け出し、真の避難場所に向かう」、これが私たちの立場です。それが美しい謳い文句にとどまらず、現実に、安全な避難場所に避難する権利を保障したチェルノブイリ法です。

原発事故の本質は戦争です。国難です。他の全ての課題に最優先して、その全面的救済を実現する必要があります。同時に歴史が教えるところは、国難において、国家はウソをつく、犯罪を犯す。
他方、公式の日本史に載らない民衆史が教えるところは、現場にどんな悲劇があっても、一人一人の市民がその生死をかけて立ち上がらなければ何も生まれない(田尻宗昭)。1997年に市民が作った対人地雷禁止条約も、1991年、2人の市民のアクションから始まった。それ以外にも、私達には以下のような、栄光の市民運動の歴史があります。
1872年 江藤新平らが、司法権の独立と民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。
1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動
1964年、三島・沼津の「石油コンビナート反対」の市民運動
1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動
1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト
1999年、市民主導で、日本各地の条例制定の積み上げの中から制定を実現した情報公開法 
これらの「希望の扉」の全てを叩き、開いて、市民主導で日本各地から条例制定を積み上げて法律を作るという、市民立法「チェルノブイリ法日本版」を実現し、3・11以後正義と不正義があべこべとなった事態をただし、平和を創る――それが3・11以後の私たちに残されていることです。
以上が、2018年3月スタートした、市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会(略称「育てる会」)の市民運動です。

参加者の感想
主催団体NPO「ふくしま支援・人と文化ネットワーク」の代表神田香織さん(Facebookより)
「19日、NPO法人「ふくしま支援・人と文化ネットワーク」の総会と学習会を本郷文化フォーラムにて開催しました。学習会は一年前に発足した「チェルノブイリ法日本版」について柳原敏夫さんが講演。まず最初に柳原さんの「戦争と平和」と題したメッセージ、インパクトありました。 「私たちは放射能を忘れたがっている。その弱みにつけこみ、日本政府は『原発事故は終わった。あとは経済復興、オリンピック』と煽り立てる。 私たちは放射能を忘れたがっている。しかし、放射能は忘れさせてくれない、原発事故を簡単に終わりにはさせてくれない。非日常の非人間的現象にボーっとしないで3.11ショックから立ち直り、正気に帰る必要がある。」  スライドはどれも示唆に富んでいて次々とパチリ。「司法権の独立を獲得した江藤新平」、美濃部都政時の「東京都公害防止条例」今後のヒントとして「希望の扉」の実例、「もう一つのあべこべ」など、闘いの歴史もふまえ、物静かな語り口ながら怒りと情熱が伝わってきました。 エドワード・サイードの引用からは柳原さんの反骨精神 が垣間見えました。「現代の知識人は専門家ではなく、アマチュアたるべきである。そして機知とユーモアでずけずけ物をいい、絶えず移動する遊牧民である」 そう、もう、いわゆる知識人や政治家におんぶできる時代ではないですね〜。下手すると政治家の手によって戦争が起こりかねないのだから。機知とユーモアでずけずけ言いたいが自信がないという方、よろしければ私の講談教室にどうぞ。機知とユーモアはともかく、大きな声はお任せください(笑) 写真は講演の間はほとんど下を向いていた柳原さん、実はこんなに目がぱっちり。打ち上げ会場の前で。紹介したスライドの数々、講談教室のご案内です。」

2019年3月31日日曜日

【報告】2019年3月30日報告集会 ―原発事故から8年、私たちはあきらめないー 「被ばくから免れ、健康に生きる権利を」自ら、今から創り出す(東京光塾)

3月30日、東京都渋谷区光塾で、脱被ばく実現ネット主催の、「被ばくから免れ、健康に生きる権利」の確立を求めて、これに取り組んでいる人たちの報告集会を開き、
その第2部で、市民立法「チェルノブイリ法日本版」について報告しました。


以下、当日のプログラムと動画、資料です。

プログラム
 第1部 政府と福島県の棄民化実態共有と私たちの闘い
①.今野寿美雄さん(福島在住、
元原子力関係技術者、子ども脱被ばく裁判原告代表)
 「福島の被害実態と現状報告」
②.瀬戸大作さん(避難の協同センター・事務局長)
 「原発事故避難者を追い詰めた期限を決めた自立の強制」
③.光前幸一弁護士柳原敏夫弁護士(子ども脱被ばく裁判弁護団)
「前回期日で、内部被ばくの危険性に争点が定まった子ども脱被ばく裁判の現状報告」
 
第2部 我々自身がそれぞれの地域で、現場で「希望」の闘いをどう進めるか  
①.柳原敏夫弁護士(市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会・共同代表) 
 「市民立法『チェルノブイリ法日本版』条例を全国各地に!」 
②.松本徳子さん(避難の協同センター 世話人代表)
 「原発事故被害者の協同に向けて」 


第3部 参加者との質疑応答

動画  
第1部① 今野寿美雄さん(福島在住、元原子力関係技術者、子ども脱被ばく裁判原告代表)
 「福島の被害実態と現状報告」



第1部② 瀬戸大作さん(避難の協同センター・事務局長)
 「原発事故避難者を追い詰めた期限を決めた自立の強制」



第1部③ 光前幸一弁護士柳原敏夫弁護士(子ども脱被ばく裁判弁護団)
「前回期日で、内部被ばくの危険性に争点が定まった子ども脱被ばく裁判の現状報告」



① 柳原敏夫弁護士(市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会・共同代表) 
 「市民立法『チェルノブイリ法日本版』条例を全国各地に!」 
  



※ 配布資料 ->こちら
※ プレゼン資料 PDFは->こちら



② 松本徳子さん(避難の協同センター世話人代表)
 「原発事故被害者の協同に向けて」 



 参加者との質疑応答


2019年3月29日金曜日

【お知らせ】3月17日の結成1周年集会が毎日新聞夕刊の特集で報道されました(3月29日)

3月17日の育てる会結成1周年集会が毎日新聞3月29日夕刊の特集で報道されました(以下は、そのネット上の会員限定記事)。

特集ワイド
福島原発事故の「自主」避難者ら「アベコベの世界」に憤り 避難の権利、確立を

「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」結成1周年を記念して開かれた講演・交流会=東京都港区で2019年3月17日、沢田石洋史撮影(上記記事の写真より)
市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」結成1周年を記念して開かれた講演・交流会=東京都港区で2019年3月17日、沢田石洋史撮影
市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」結成1周年を記念して開かれた講演・交流会=東京都港区で2019年3月17日、沢田石洋史撮影
「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」結成1周年を記念して開かれた講演・交流会=東京都港区で2019年3月17日、沢田石洋史撮影
「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」結成1周年を記念して開かれた講演・交流会=東京都港区で2019年3月17日、沢田石洋史撮影

2019年3月25日月曜日

【報告】2019年3月17日、市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会結成1周年集会「原発事故ー汚染地の現実と命の救済」(総会、白石草さん講演ほか)

3月29日毎日新聞夕刊の特集で報道されました(そのネット上の会員限定記事ー>こちら

2018年3月18・19日の<市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会>結成集会から1年が経過した今年3月17日、東京都港区で、結成1周年集会を開催しました。

当日参加した皆さんに、「育てる会結成1周年に寄せる会員のメッセージ」をつづった小冊子(中身は以下の画像をクリックすると表示されます)を配布しました。
http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/190308Booklet-completion.pdf

日時:3月17日(日)
場所:リーブラ(港区男女平等参画センター)1F ホール->地図
     東京都港区芝浦1-16-1 みなとパーク芝浦
     JR田町駅 東口(芝浦口) 徒歩5分

第2回総会
 西は兵庫県加古川市、東は福島県郡山市と全国各地から育てる会の正会員賛助会員が参加して、第2回総会を開催しました。
審議事項
 第1号議案 規約変更(案)                 ->こちら              
 第2号議案 2018年度活動報告(案)
 ->こちら      
 第3号議案 2018年度決算報告(案)
 ->こちら        
 第4号議案 監査報告           
->こちら         
 第5号議案 次年度の活動計画(案)          
 第6号議案 次年度の予算(案)       
 ->こちら             
 第7号議案 その他の事項 
今春の統一地方選に公開質問状を出す件   
          
 討議の結果、継続討議となった第7号議案(公開質問状の件)を除き、すべて承認。
 以下は、発言する育てる会のメンバーです。
岩間綾子(栃木県塩谷町)
柳原敏夫(埼玉県川越市)
大庭有二(神奈川県小田原市)
                      上野正美(三重県伊勢市)
藤田のりえ(兵庫県加古川市)
吉田弥生(愛知県日進市)
黒田節子(福島県郡山市)
三ッ橋トキ子(千葉県野田市)

1周年記念集会
会場

第1部
記念講演とセッション
白石 草さん「原発事故から8年目の子どもたちの健康」   

動画


柳原 敏夫「3.11ショックに対抗する--NOでは足りない、YESを創り出そう」
配布資料   ->こちら
プレゼン資料(全文のPDFは->こちら) 
http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/190317TokyoPresen.pdf

動画


講演者によるパネルディスカッション











 
動画


交流会

第2部
「3.11東北・関東 放射能汚染からの避難者と仲間たち」から報告と呼びかけ 
動画





2019年3月1日金曜日

【お知らせ】3月17日、市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会結成1周年集会(白石草さん講演ほか)

2018年3月18・19日の<市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会>結成集会から1年が経過した今年3月、東京都港区で、結成1周年集会を以下の要領で開催します。

日時:3月17日(日)13時 開場 13時30分 開始~16時30分
場所: リーブラ(港区男女平等参画センター)1F ホール->地図
     東京都港区芝浦1-16-1 みなとパーク芝浦
     JR田町駅 東口(芝浦口) 徒歩5分
第1部
記念講演とセッション

白石 草さん「原発事故から8年目の子どもたちの健康」   
柳原 敏夫「3.11ショックに対抗する--NOでは足りない、YESを創り出そう」
交流会

第2部
「3.11東北・関東 放射能汚染からの避難者と仲間たち」から報告と呼びかけ
交流会
 
講師 
白石 草(はじめ)さん 
1995年東京メトロポリタンテレビジョン社に入社。2001年に独立
し、非営利のインターネット放送局Our Planet-TVを設立。2005年NPO法人とな
る。2012年、日本女性放送者懇談会の「放送ウーマン賞」日本ジャーナリスト会
議の「JCJ賞」を受賞。ドキュメンタリー『東電テレビ会議49時間の記録』で
2014年、日本科学技術ジャーナリスト会議の「科学ジャーナリスト大賞」を受賞
した。
著書 『ルポ チェルノブイリ28年目の子どもたち ウクライナの取り組み
に学ぶ』岩波書店、『3.11後の子どもと健康 保健室と地域に何ができるか』
(共著、岩波ブックレット)

 

柳原敏夫 法律家。
「市民立法『チェルノブイリ法日本版』制定」の呼びかけ人の1人。ふくしま集団疎開裁判&子ども脱被ばく裁判の弁護団。NPOまつもと子ども留学基金理事。


詳細は以下のチラシ

2019年2月15日金曜日

【報告】千葉県成田市、2月3日(日)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和--NOでは足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある--」

 2019年2月の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会を、 2月3日(日)、千葉県成田市の自然食レストラン、古民家空間「風楽」で、 やりました。

古民家空間「風楽」 

落ち着いた古民家で、すっかりくつろいだ気分になって、15名ほどの熱心な参加者と学習会をやりました。おかげで、終了後その場で、参加者の8名が賛助会員になりました。



  以下、当日の動画とプレゼン資料&配布資料です。
  

動画
司会の三ッ橋トキ子さん挨拶と柳原敏夫の話(その1)。
柳原敏夫の話(その2)
 

柳原敏夫の話(その3)


柳原敏夫の話(その4)


柳原敏夫の話(その5)と質疑応答。
 
プレゼン資料(全文のPDFは->こちら
http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/190203NaritaPresen.pdf


配布資料(PDFは->こちら

戦争と平和
NOでは足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある

2019.2.3 at 成田 柳原敏夫

自己紹介

原子力ムラとはちがうが、育った「僕のムラは戦場だった」。それが今、至る所に普遍化している。



311からまもなく8年が経過。
私たちは、311直後のアクションを単に持続するのではなく、そこからもう一歩前に進む必要がある。
そのためにこの間の振り返りの中から、新しい再出発を模索する。
第1部、戦争
 私たちは放射能を忘れたがっている。しかし、放射能は忘れさせてくれない。
 放射能のいつも変わらぬ無言のシグナルは
 ――ユルユルと、ボケっと生きてんじゃねえよ!
第2部、平和
 平和は歌を歌って実現するものでも、ハトや虹の絵を描いて実現するものでもない。
 そのためには、実現可能な明確なビジョンをつかみ、これを実行する必要がある。
 それが「平和を再定義すること」、平和に向けて持続可能な現実的なビジョンを持つこと。
ジョディ・ウィリアムズ(※)
311後の私たちに残されていること
 ――311原発事故後の「福島の犯罪」をただし、命の救済を現実化、具体化すること、
 それが、市民立法によるチェルノブイリ法日本版の制定。

(※)世界最初の市民立法の条約(対人地雷禁止条約)を成立させた市民団体「地雷禁止国際キャンペーン」のメンバー。

                   第1部、戦争
自主避難者の人の言葉――3・11以来、百戦百敗、ずっと負け続けてきた。
では、なぜ負け続けているのか。その訳は私たちが旧態依然の発想しかできず、3・11以後の、過去に経験したことのない未曾有の現実に追いついていないからではないか。

3.11福島原発事故とは何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。

3.11以後の気分
 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は311以後の現実に対する認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。
3.11以後の課題
 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。
第3に、311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。

3.11以後の現実
「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。

「自然と人間の関係」(放射線の被ばくとは何か?)
・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)
・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))
・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)

「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――
チェルノブイリ事故の「希望」と「犯罪」のうち、希望は用意周到に踏みにじられ、犯罪がより徹底して反復された。
子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。
福島県は、甲状腺検査の二次検査で「経過観察」とされた子ども(2018年6月末で3316人)が、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されても、その症例数を公表しない。
加害者(加害責任を負う日本政府)が救済者の面をして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。
被害者(避難者も残留者も)は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害→密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる
福島原発事故が明るみにしたもの---3・11ショックのどさくさ紛れの中で、「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界が出現したことにある。
しかし問題は私たちの側にもある。なぜなら、この悪夢のような出来事を前にして、「うそでしょう」「夢であって欲しい」と今なお茫然自失のショック状態にいるから。そのため今なおこの現実と対決することができず、引きこもり、さもなければオリンピックのお祭り騒ぎかという現実逃避の中にいる。子どもの命を守るためにはこの現実逃避から抜け出す必要がある。そのためにまず次の問いが必要となる――このあべこべの世界はなぜもたらされたのか。

「あべこべ」をもたらしたもの
「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン)というメガネをかけてあべこべの世界を眺めると、311以後の「あべこべの世界」はショック・ドクトリンの正しい適用にすぎないと分かる。「ショック・ドクトリン」の原理は「危機のみが真の変革をもたらす」(山下俊一語録「ピンチはチャンス」)、それゆえひとたび危機が発生したら人々が茫然自失状態の間に一気呵成に「変革」を強行することが肝心で、この間に断固とした行動を取る機会を逸すれば、変革のチャンスは二度とやってこないと肝に銘じている。それが
一方で、事故直後のどさくさ紛れに福島県のみ(!)学校安全基準の20倍引き上げの通知、ミスター100
mSvの異名を持つ山下俊一発言と彼の設計による欺瞞的な福島県の県民健康調査、被害者の救済を原発周辺の住民に限定し、それ以外には徹底した自己責任(新自由主義)を押し付け、
他方で、秘密保護法の成立、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、安保関連法の成立、共謀罪の成立と戦争に突き進む、憲法違反を承知で強引な政治改革の実現――それは3・11前には考えられなかったような、火事場泥棒の法的クーデタと呼ぶほかない異常事態である。
3・11以後の日本は国中が原発事故に翻弄された国難などではなくて、「ピンチはチャンス」の通り、原発事故という危機をここぞとばかりに、私たちが茫然自失のショック状態の間に、一気呵成に、原発事故前には不可能だった政治改革を実現した千載一遇のチャンスだった。

このストーリーはチェルノブイリ事故でも実行され、「チェルノブイリの犯罪」と呼ばれだ。311以後の日本も「福島の犯罪」と呼ぶのが相応しい。小説家カミュは「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか」と言った。
3・11以後の日本で、猛烈な執念で実行された「福島の犯罪」に対抗する術として、単に
NO(「再稼動反対」「支援を打ち切るな」)と言うのでは足りない、「惨事便乗型政治改革」に代わる、積極的、ポジィティブな改革を言う必要がある。それが「これは犯罪であり、犯罪は正されなければならない」と証言することへの執念であり、これ以外に今の日本に何があるだろうか。この犯罪を正すこと、その最初の一歩が、原子力災害から私たちの命・健康・暮らしを守る世界最初の人権宣言である旧ソ連のチェルノブイリ法、その日本版を制定することにほかならない。

                       第2部 平和
3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。
→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」

いかにして3.11以後の課題を実現するのか?――「もう一つのあべこべ」の可能性――
だが、日本社会が持ちうる最悪の要素の全てを露呈した311以後の「全てがあべこべ」の暗黒時代にそれは可能だろうか。
可能である。なぜなら、311以後に出現した「あべこべ」は生半可なものでなく、悪のあべこべだけでなく、政治を一握りの職業的専門家にお任せする「お任せ民主主義」から、アマチュアの市民が自ら統治する市民主導の参加型民主主義に交代する「もう1つのあべこべ」をも生み出したからである。それは《職業的専門家とアマチュアのあべこべの時代》をもたらし、311まで劇場の観客にすぎなかった市民が、311以後、みずから舞台に上り、政治、経済、科学技術、文化で発言するようになり、主役となろうとしたからである。これが市民主導で原子力災害から市民を守る立法=市民立法の基盤だ。

いかにして誕生したばかりの「もう一つのあべこべ」を育てるのか?
ただし、このあべこべは誕生したばかりで、これを育てるか枯らすかは私達市民の手にかかっている。そのためには過去に「市民立法」を実現してきた「希望の扉」を全て叩いて、扉を開け、希望の泉を汲み出し、芽をふいたばかりの私たちの取組みに注ぎ込む必要がある。公式の日本史に載らない、「希望の扉」が我が国に存在してきた、それも至るところに。市民の市民による市民のための市民立法「チェルノブイリ法日本版」のエッセンスは《今日の革命は参加という名前である》の言葉に詰め込まれている。NOでは足りない。3・11で被ばくした子どもたちを救えないようでは日本はおしまいだと絶望する前に私たちにまだやれることがある。私たちはミセン(未だ生きず)の中にいる。

「希望の扉」その1:チェルノブイリ法日本版は世界史の奇跡?
「世界の中に奇跡があるのではない。この世界があることが奇跡だ」←「この世界がある」には、これまで少なくとも3つの奇跡が含まれる。
①.生命の誕生   無生物の中から生物が誕生したこと。
②.普遍宗教の誕生 共同体(自己愛)の宗教の中から、超越的(他者愛)の普遍宗教が誕生。 
③.人権の誕生   人権抑圧の法体系の中から、人権(近代憲法)が誕生したこと。 
 チェルノブイリ法日本版は放射能災害に対する人類最初の人権宣言。

「希望の扉」その2:過去は変えられる?
 未来は変えられるか? 可能である。なぜなら過去は変えられるから。
 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」
 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。そのために、私たちは「過去を変える」必要がある。
2016年来日したアレクシエービッチさんは言った「日本には抵抗の文化がない」
しかし、彼女は公式の日本史しか知らない。私達の過去には輝かしい抵抗の文化があり、埋もれている。
1872年 江藤新平らが、司法権の独立と民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。
 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動
 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動
 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト
 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 
 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。

次は我々の番だ。
2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の市民団体として「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。
 次は日本各地で、NOではなく、YESという平和のアクションを起す、ベラルーシ出身の画家シャガールに倣って。
最初から失敗することがわかっているような冒険でも、そこがパリであれば、
冒険を冒す価値がある。それがパリだ。

(斉藤隆介作・滝平二郎絵)「八郎
むかし、秋田に、 
八郎という名の山男が住んでいた。八郎は、かしの木ほどもある大男。なのに、彼の口癖は、
あーあー、おら、もっと おっきくなりてえなあー、おっきくなりてえなあー
でも、なぜ自分が 大きくなりたいと思うのか わからなかった。
しかし、とうとうその時が訪れた。
或る時、小さな子どもと出会い、子どもとの経験を通じ、自分の心の秘密を知り、こう叫んだ。
わかったあ  
おらが、  なしていままで、 
おっきくおっきく  なりたかったか
 
私たちも、八郎のように、確信を抱いて叫び続けたい。
あーあー、おら、もっと おっきくなりてえなあー、おっきくなりてえなあー
   (2019.2.3)
 

2019年1月18日金曜日

【報告】三重県伊勢市&津市、1月12日(土)13日(日)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和--NOでは足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある--」

2019年最初の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会を、
1月12日(土)、三重県伊勢市のあるる館で、
1月13日(日)、三重県津市のギャラリーVOLVOXで、
「ふくしまいせしまの会」の主催でやりました。
                          1月12日伊勢市
                           会場のあるる館
                       
                         1月13日津市
          会場のVOLVOXで、主催者の上野正美さん(育てる会の共同代表)

                
伊勢市では2016年12月に続いて、今回が2回目の学習会。
この日、翌日の津市の学習会に参加できないからと津から1時間以上かけて参加した人、1回目の学習会に参加し今回2回目の参加で「やっと、チェルノブイリ法日本版が分った」と感想を語ってくれた人、市民運動に殆ど縁がなかったのに、この学習会に参加して11時まで熱く感想を語ってくれた74歳の人・・・閉会の時間制限がないことをいいことにして3時間近くも喋ってしまい、とても印象に残る学習会でした。

 以下、当日の動画とプレゼン資料&配布資料です。

 動画(12日の伊勢市
 柳原敏夫の話(その1)

 柳原敏夫の話(その2)

 柳原敏夫の話(その3)

 柳原敏夫の話(その4)

 柳原敏夫の話(その5)

 柳原敏夫の話(その6)

  
動画(日の
 柳原敏夫の話(その1)

 柳原敏夫の話(その2)

 柳原敏夫の話(その3)

 柳原敏夫の話(その4)

 
プレゼン資料(全文のPDFは->こちら
http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/190112presenMie.pdf

配布資料(PDFは->こちら



戦争と平和
NO
では足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある

2019.1.1213 at 三重 柳原敏夫


311からまもなく8年が経過。

私たちは、311直後のアクションを単に持続するのではなく、そこからもう一歩前に進む必要がある。

そのためにこの間の振り返りの中から、新しい再出発を模索する。

第1部、戦争

 私たちは放射能を忘れたがっている。しかし、放射能は忘れさせてくれない。

 放射能のいつも変わらぬ無言のシグナルは

 ――ユルユルと、ボケっと生きてんじゃねえよ!

第2部、平和

 平和は歌を歌って実現するものでも、ハトや虹の絵を描いて実現するものでもない。

 そのためには、実現可能な明確なビジョンをつかみ、これを実行する必要がある。

 それが「平和を再定義すること」、平和に向けて持続可能な現実的なビジョンを持つこと。

ジョディ・ウィリアムズ(※)

311後の私たちに残されていること

 ――311原発事故後の「福島の犯罪」をただし、命の救済を現実化、具体化すること、

 それが、市民立法によるチェルノブイリ法日本版の制定。



(※)世界最初の市民立法の条約(対人地雷禁止条約)を成立させた市民団体「地雷禁止国際キャンペーン」のメンバー。



第1部、戦争

自主避難者の人の言葉――3・11以来、百戦百敗、ずっと負け続けてきた。

では、なぜ負け続けているのか。その訳は私たちが旧態依然の発想しかできず、3・11以後の、過去に経験したことのない未曾有の現実に追いついていないからではないか。


3.11福島原発事故とは何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。

3.11以後の気分
 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は311以後の現実に対する認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。


3.11以後の課題

 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。

第3に、311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。


3.11以後の現実

「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。


「自然と人間の関係」(放射線の被ばくとは何か?)

・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)

・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))

・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)


「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――

チェルノブイリ事故の「希望」と「犯罪」のうち、希望は用意周到に踏みにじられ、犯罪がより徹底して反復された。

子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。

福島県は、甲状腺検査の二次検査で「経過観察」とされた子ども(2018年6月末で3316人)が、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されても、その症例数を公表しない。

加害者(加害責任を負う日本政府)が救済者の面をして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。

被害者(避難者も残留者も)は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害→密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる

福島原発事故が明るみにしたもの---3・11ショックのどさくさ紛れの中で、「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界が出現したことにある。

しかし問題は私たちの側にもある。なぜなら、この悪夢のような出来事を前にして、「うそでしょう」「夢であって欲しい」と今なお茫然自失のショック状態にいるから。そのため今なおこの現実と対決することができず、引きこもり、さもなければオリンピックのお祭り騒ぎかという現実逃避の中にいる。子どもの命を守るためにはこの現実逃避から抜け出す必要がある。そのためにまず次の問いが必要となる――このあべこべの世界はなぜもたらされたのか。


「あべこべ」をもたらしたもの

「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン)というメガネをかけてあべこべの世界を眺めると、311以後の「あべこべの世界」はショック・ドクトリンの正しい適用にすぎないと分かる。「ショック・ドクトリン」の原理は「危機のみが真の変革をもたらす」(山下俊一語録「ピンチはチャンス」)、それゆえひとたび危機が発生したら人々が茫然自失状態の間に一気呵成に「変革」を強行することが肝心で、この間に断固とした行動を取る機会を逸すれば、変革のチャンスは二度とやってこないと肝に銘じている。それが一方で、事故直後のどさくさ紛れに福島県のみ(!)学校安全基準の20倍引き上げの通知、ミスター100mSvの異名を持つ山下俊一発言と彼の設計による欺瞞的な福島県の県民健康調査、被害者の救済を原発周辺の住民に限定し、それ以外には徹底した自己責任(新自由主義)を押し付け、他方で、秘密保護法の成立、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、安保関連法の成立、共謀罪の成立と戦争に突き進む、憲法違反を承知で強引な政治改革の実現――それは3・11前には考えられなかったような、火事場泥棒の法的クーデタと呼ぶほかない異常事態である。3・11以後の日本は国中が原発事故に翻弄された国難などではなくて、「ピンチはチャンス」の通り、原発事故という危機をここぞとばかりに、私たちが茫然自失のショック状態の間に、一気呵成に、原発事故前には不可能だった政治改革を実現した千載一遇のチャンスだった。

このストーリーはチェルノブイリ事故でも実行され、「チェルノブイリの犯罪」と呼ばれだ。311以後の日本も「福島の犯罪」と呼ぶのが相応しい。小説家カミュは「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか」と言った。3・11以後の日本で、猛烈な執念で実行された「福島の犯罪」に対抗する術として、単にNO(「再稼動反対」「支援を打ち切るな」)と言うのでは足りない、「惨事便乗型政治改革」に代わる、積極的、ポジィティブな改革を言う必要がある。それが「これは犯罪であり、犯罪は正されなければならない」と証言することへの執念であり、これ以外に今の日本に何があるだろうか。この犯罪を正すこと、その最初の一歩が、原子力災害から私たちの命・健康・暮らしを守る世界最初の人権宣言である旧ソ連のチェルノブイリ法、その日本版を制定することにほかならない。



第2部 平和

3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。

→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」


いかにして3.11以後の課題を実現するのか?――「もう一つのあべこべ」の可能性――

だが、日本社会が持ちうる最悪の要素の全てを露呈した311以後の「全てがあべこべ」の暗黒時代にそれは可能だろうか。

可能である。なぜなら、311以後に出現した「あべこべ」は生半可なものでなく、悪のあべこべだけでなく、政治を一握りの職業的専門家にお任せする「お任せ民主主義」から、アマチュアの市民が自ら統治する市民主導の参加型民主主義に交代する「もう1つのあべこべ」をも生み出したからである。それは《職業的専門家とアマチュアのあべこべの時代》をもたらし、311まで劇場の観客にすぎなかった市民が、311以後、みずから舞台に上り、政治、経済、科学技術、文化で発言するようになり、主役となろうとしたからである。これが市民主導で原子力災害から市民を守る立法=市民立法の基盤だ。


いかにして誕生したばかりの「もう一つのあべこべ」を育てるのか?

ただし、このあべこべは誕生したばかりで、これを育てるか枯らすかは私達市民の手にかかっている。そのためには過去に「市民立法」を実現してきた「希望の扉」を全て叩いて、扉を開け、希望の泉を汲み出し、芽をふいたばかりの私たちの取組みに注ぎ込む必要がある。公式の日本史に載らない、「希望の扉」が我が国に存在してきた、それも至るところに。市民の市民による市民のための市民立法「チェルノブイリ法日本版」のエッセンスは《今日の革命は参加という名前である》の言葉に詰め込まれている。NOでは足りない。3・11で被ばくした子どもたちを救えないようでは日本はおしまいだと絶望する前に私たちにまだやれることがある。私たちはミセン(未だ生きず)の中にいる。


「希望の扉」その1:チェルノブイリ法日本版は世界史の奇跡?

「世界の中に奇跡があるのではない。この世界があることが奇跡だ」←「この世界がある」には、これまで少なくとも3つの奇跡が含まれる。
①.生命の誕生   無生物の中から生物が誕生したこと。
②.普遍宗教の誕生 共同体(自己愛)の宗教の中から、調節的(他者愛)の普遍宗教が誕生。 
③.人権の誕生   人権抑圧の法体系の中から、人権(近代憲法)が誕生したこと。 

 チェルノブイリ法日本版は放射能災害に対する人類最初の人権宣言。


「希望の扉」その2:過去は変えられる?

 未来は変えられるか? 可能である。なぜなら過去は変えられるから。

 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」

 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。そのために、私たちは「過去を変える」必要がある。
2016年来日したアレクシエービッチさんは言った「日本には抵抗の文化がない」

しかし、彼女は公式の日本史しか知らない。私達の過去には輝かしい抵抗の文化があり、埋もれている。

1872年 江藤新平らが、司法権の独立と民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。

 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動


 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動

 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト

 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 


 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。


次は我々の番だ。

2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の市民団体として「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。

 次は日本各地で、NOではなく、YESという平和のアクションを起す、ベラルーシ出身の画家シャガールに倣って。

最初から失敗することがわかっているような冒険でも、そこがパリであれば、

冒険を冒す価値がある。それがパリだ。

2019.1.11)

【お知らせ】市民活動情報誌『市民活動のひろば』掲載の「チェルノブイリ法」日本版の会の紹介文(26.2.24)

  東京・多摩地域で、 2002年から 市民活動情報誌『市民活動のひろば』を発行している編集部の方から、市民が育てる「チェルノブイリ法」日本版の会の紹介文の寄稿をリクエストされ、以下、そこに寄稿した文です(> 全文PDF )。...