Translate

2018年11月27日火曜日

【報告】北海道苫小牧市、11月14日(水)市民立法「チェルノブイリ法日本版」勉強会「戦争と平和--過去は変えられる。『成年よ、抵抗を抱け』--」

市民が育てる「チェルノブイリ法日本版の会の公式ブログ-->こちら

11月14日(水)、北海道苫小牧市で、「苫小牧の自然を守る会」主催の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会をやりました。
(代表の舘崎やよいさんの自宅の前)

チラシ

学習会には予想を超える人数の市民が参加し、翌日の地元の苫小牧民報社にも取り上げられました。

また、参加者の方たちの感想は、以下のようなものでした。




            その他の感想の全文は-->こちら(   

以下、その動画と配布資料&プレゼン資料です。

動画
  柳原敏夫の話(その1)


柳原敏夫の話(その2)・質疑応答


プレゼン資料(全文のPDFは->こちら

http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/181114TomakomaiPresen.pdf


配布資料(PDFは->こちら) 

戦争と平和--過去は変えられる。「成年よ、抵抗を抱け」--


2018.11.14 at苫小牧 柳原敏夫

はじめに、自己紹介
自然界(人間と自然の関係)に惹かれてきた

→「ファーブル昆虫記」「シートン動物記」「大草原の小さな家」「ターシャ・チューダ-」
「人間と人間の関係」から目を背けては生きていけないことを思い知らされるようになる。
→先端科学技術がもたらした未曾有の力業(バイオ)と未曾有の人災(生物災害)との出会い。

「ケーテ・コルヴィッツ」「住井すゑ」「ハンナ・アーレント」「カズオ・イシグロ」



第1部 戦争

1、原発事故がもたらした最大の謎

原発事故とは何か?何だったのか?何をもたらしたのか?

なぜなら、311以後、明らかにかつてない異変が起きた。にもかかわらず、その意味も原因もよく分からないまま――その理由は福島原発事故が何だったのか、その全体像を理解できないからではないか。



2、この謎に最も迫った人のひとり

スベトラーナ・アレクシエービッチ」‥‥小さき人々の声を残した。

人々はチェルノブイリのことは誰もが忘れたがっています。最初は、チェルノブイリに勝つことができると思われていた。ところが、それが無意味な試みだと分かると、今度は口を閉ざしてしまったのです。自分たちが知らないもの、人類が知らないものから身を守ることは難しい。チェルノブイリは、私たちを、それまでの時代から別の時代へ連れていってしまったのです。その結果、私たちの目の前にあるのは、誰にとっても新しい現実です。‥‥ベラルーシの歴史は苦悩の歴史です。苦悩は私たちの避難場所です。信仰です。私たちは苦悩の催眠術にかかっている。‥‥何度もこんな気がしました。これは未来のことを書き記している
原発事故はこれまでの災害の概念が通用しない。過去に経験したことのない経験をしたのだという新しい意識が必要で、その新しい意識で原発事故と向き合わなければならない。
チェルノブイリ事故で、人々は死がそこにあることを感じました。目に見えない、音も聞こえない、新しい顔をした死を。私は思いました、これは戦争だ。未来の戦争はこんなふうに始まる。でもこれは前代未聞の新しい戦争だ、と。

3、戦争の問題に最も迫った人のひとり
「大岡昇平」‥‥無名の兵士の声、行動を再現した。
ひとりひとりの兵士から見ると、戦争がどんなものであるか、分からない。単に、お前はあっちに行け、あの山を取れとしか言われないから。だから、自分がどういうことになって、戦わされているのか分からない。(「レイテ戦記」のインタビュー)
         ↑     
「3.11のあと、ひとりひとりの市民から見ると、福島原発事故がどのようなものであるか、どうしたらよいのか、真実は分からない。単に、『健康に直ちに影響はない』『国の定めた基準値以下だから心配ない』とかしか言われないのだから。だから、一体自分がどういう危険な状態にあるのか、どう対策を取ったらよいのか、本当のことは分からない。」

4、3.11福島原発事故とは何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。

5、3.11以後の気分
 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。

6、3.11以後の課題
 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。
第3に、単に311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。

7、3.11以後の現実
「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。

8、「自然と人間の関係」:放射線の被ばくとは何か?
・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)
・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))
・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)

9、「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――
チェルノブイリ事故の「希望」と「犯罪」のうち、希望は用意周到に踏みにじられ、犯罪がより徹底して反復された。
子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。
福島県は、甲状腺検査の二次検査で「経過観察」とされた子ども(2018年6月末で3316人)が、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されても、その症例数を公表しない。
加害者(加害責任を負う日本政府)が救済者の面をして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。
被害者(避難者も残留者も)は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害→密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる

第2部 平和
1、3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。
→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」

2、3.11以後の具体的課題「被ばくから命・健康と生活を守るための4つの市民アクション」
①.国内-チェルノブイリ法に匹敵するチェルノブイリ法日本版(原発事故避難の権利法)の制定
②.国際1-チェルノブイリ法に匹敵するチェルノブイリ法条約(原発事故避難の権利条約)の成立
③.国際2-(スペイン・アルゼンチンほか)で、日本政府の責任者を「人道上の罪」で刑事告発。
④.生活再建-市民の自主的相互扶助の自立組織=社会的経済・連帯経済(協同組合、ワーカーズ、市民バンク、市民通貨)の創設

3、311以後の「あべこべ」をただし、正常化に向かう道
過去の災害の経験や考えが通用しない原発事故の本質を理解するための「認識の目覚め」に努め、「苦悩という避難場所」から抜け出し、「現実の避難場所」を作り出す必要がある。
「新しい形式の戦争」にふさわしく、「新しい内容と形式を備えた平和(救済)」が必要。
→それが、放射能に対する健康被害を「予防原則」に立って救済を定めたチェルノブイリ法日本版。

4、3.11以後の正常化はいかにして可能か過去を変えることを通じて――
 未来は変えられるか? 可能である。なぜなら過去は変えられるから。
 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」
 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。
 そのために、私たちは「過去を変える」必要がある。
2016年来日したアレクシエービッチさんは言った「日本には抵抗の文化がない」
しかし、彼女は公式の日本史しか知らない。私達の過去には輝かしい抵抗の文化があり、埋もれている。
1872年 江藤新平らが、司法権の独立と民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。
 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動
 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動
 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト
 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 
 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。

5、次は我々の番だ。
2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の組織として、「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。
 次は日本各地で、NOではなく、YESという抵抗のアクションを起す、クラークとベラルーシ出身の画家シャガールに倣って。
成年よ、抵抗を抱け。
最初から失敗することがわかっているような冒険でも、そこがパリであれば、
冒険を冒す価値がある。それがパリだ。
2018.11.13
 

2018年11月5日月曜日

【報告】11月3日(土)核の都市&日本の原子力災害の出撃基地で市民立法「チェルノブイリ法日本版」勉強会「戦争と平和」(神奈川県横須賀市)

『悪い奴にとって一番ありがたいことは、いい人がだまっていてくれることだ』。イギリスの古い美学者が言っていた言葉ですが、そんなことで、黙っていてはいけませんよ。

                       大岡昇平「時代へ発言 第三回-39年目の夏に-」1984.8 NHK教養セミナーより

 ****************** 

11月3日(土)、神奈川県横須賀市の中央診療所3階で、市民立法「チェルノブイリ法日本版」の学習会をやりました。
学習会の前に、主催者の一人市原和彦さんが、現地横須賀を案内してくれました。
最初向かったのが、市民がその存在を見ることができる数少ないモニタリングポストの1つ。
米海軍横須賀基地のゲート前をすぎて、Uターンして到着したのが横須賀市立総合福祉会館
この会館1階の駐車場内をグルグル移動して、行き着いた先、誰も来ないような場所にそれはひっそり設置されていました。
このモニタリングポストをぐるりと見回しても、誰が、いつ、どういう目的で、どんなことをしているのか、その情報は一切記載されていませんでした。だから、横須賀市民はこれが何なのか、おそらく誰も知るまい。
原子力災害から人々の命、健康を守るモニタリングポストを総合福祉会館の一角に設置するとは、関係者はどんな味わい深い計らいをしたのかと忖度していたところ、どうやら思いちがいらしく、真相は、ここが米海軍横須賀基地に隣接する場所だから設置されたようでした。というのは、モニタリングポストのものものしいフェンスの向こうは米海軍横須賀基地でした。
航空写真で見ると、赤丸で囲んだモニタリングポストが、米海軍横須賀基地との関連性、原子力艦船(空母や潜水艦)の放射能災害を想定したものであることが明白です。

 ところで、このことは横須賀市民には明らかにされているのでしょうか。
原子力規制委員会のHPで、「モニタリングポスト」で検索しても何も出てこない(素晴らしい!)。
ほかのサイトで調べて、モニタリングポストはどうやら原子力規制委員会の中の組織で日本各地の事務所(原子力規制事務所)が設置しているらしいと分かったので、「原子力規制事務所」と検索しても、何も出てこない(これまた素晴らしい!)。
幸い、トップページの見出しに「原子力規制事務所」が見つかったので、これをクリックすると、
原子力規制事務所の地図です。
と、地図が出て、各地のページに移動します。
しかし、ここでも、原子力規制事務所は、何の目的で、何をしているのか、その解説がありません。
この正体不明の事務所を、横須賀を追って行くと、横須賀のページにジャンプし、
【対象施設】と【原子力規制事務住所】と【沿革】【活動報告】【面談記録】が表示。
しかし、ここでも、横須賀の原子力規制事務所は、何の目的で、何をしているのか、その解説はありません。
そして、【対象施設】として、米海軍横須賀基地は記載されていません。モニタリングポストのモの字もありません。
つまり、横須賀の原子力規制事務所は米海軍横須賀基地の放射能災害は関知しないらしい。だったら、市立総合福祉会館内に設置されている、このモニタリングポストは誰が管理しているの?
ほかのサイトで調べたら、原子力規制委員会の中の組織に、
横須賀原子力艦モニタリングセンター
があるらしい(原子力規制委員会のHPで検索しても見つからない。これまた素晴らしい!)。
しょうがないので、Googleで検索したら、神奈川県のHPの「原子力艦の安全対策に関する取組」の「原子力空母ジョージ・ワシントン配備に伴う国の対応」の見出しに次のように記載されていました。
常時、空間放射線レベルを測定・監視するためのモニタリングポストを4基から10基に増設。
そして、「横須賀港周辺の放射線測定データ」の見出しに、
原子力規制庁の委託を受けた公益財団法人日本分析センターが運営しているホームページにおいて、最新の放射線測定データを公表しています。
最新の放射線測定データ (24時間常時観測中(2分毎にデータ更新)

「日本の環境放射能と放射線」へリンク)
と記載されていたので、 上記リンクをクリックすると
横須賀、佐世保、金武中城の3港の放射線測定データが表示されたので、横須賀をクリックすると、横須賀の10箇所のモニタリングポストの設置場所と測定データが表示されました。

この10箇所のうち、真下の「本町局」が、横須賀市本町2丁目2−1の横須賀市立総合福祉会館に設置されたモニタリングポストです。
以上の推理と調査から、このひっそり設置されたモニタリングポストは、
 原子力(情報)規制委員会→横須賀原子力艦モニタリングセンター→日本分析センターが管理しているものだと分かりました。

このあと向かったのは、 江戸初期に横須賀に住んだイギリス人三浦按針にちなんだ按針台公園。


理由は、横須賀市の公園で原子力空母が見えるのは唯一、按針台公園のため。
けれど、海側にはフェンスがあり、フェンスの先には、分厚い垣根が訪れる人たちの視界をふさいでいる。つい、フェンスを登ってみたくなる。しかし、フェンスには「登らないで下さい」と警告の表札。
そこで、思い切り両手を上に伸ばして撮影。


 この日、空母の護衛艦だけで、原子力空母は不在(フィリピンに出航中とのこと)。
振り返ると、この公園の訪問者は撮影されていることを告げる表札が目に入る。政府の情報は極力公開せず、個人の情報は常時収集するという監視体制が張りめぐらされている按針台公園。


 その次に向かったのが、横須賀の原子力規制事務所のHPで、【対象施設】として掲げられていた「株式会社グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン」(GNF)

この日、 GNF前で、解説してくれた菅沼みどりさんらによると、
GNFは、日本の会社というより、米国のGE(ゼネラル・エレクトリック・カンパニー)、日立、東芝の原子燃料の営業、設計、開発、製造部門を統合して作られた国際合弁会社(国際原子力ムラの企業)で、日本の原発の半分を占める沸騰水型原子炉(BWR)の核燃料棒の製造を一手に行っている企業。
ウラン粉末から燃料棒を作る過程で、東海村のJCOの臨界事故のような放射能災害を起す危険があります。事実、2008年7月に、工場内でウラン化合物が漏れ、作業員が被ばくする事故(原子力資料情報室の記事)、2013年6月に、ウラン粉末が入った金属製の容器二つが接触する事故が発生したと原子力規制委員会が発表(横須賀危機一髪!「燃料工場でウラン容器接触 臨界、被ばくはなし」 )。

なので、GNFのアメリカ社の工場は、ノースカロライナ州ウィルミントンの人里離れた森の中に作られています(以下はアメリカ合衆国原子力規制委員会のHP掲載の工場の写真)。

 ところが、日本のGNFの工場は人口密集域のど真ん中に、堂々と建てられている(下の航空写真の赤い印がGNFの工場)。そこで、GNFは、毎年、周辺地域の盆踊りなどのイベントに協賛金を注ぎ込んで、地域住民との融和に努めてきたそうです。けれど、いくら会社が融和に努めても放射能は融和政策を理解せず、ひとたび放射能災害が発生すれば地域住民に無慈悲に襲いかかります。


 この日常の中に核が存在し、放射能災害の危険性にさらされているという異常な仕組みをただしたいと、工場周辺に住む菅沼みどりさんたちは、30年前から、工場の前に立ち、GNFの危険性を訴え続けています。311原発事故を経験して、福島原発の燃料棒を提供し、原発事故の原因を作ったのが自分たちの町横須賀市のGNFであるという事実に震撼した市原さんらが新たに加わりました。 以下は、この日のGNFの門の前で、ここでは毎日が「特別警戒実施中」の世界であることを自ら表明し、市民の監視、抗議行動に対しては、断固たる態度を取るぞと「治安機関に通報」するぞと警告しています。

              (正門に案内する市原さん)

(裏門にも同様の警告)

このあと、学習会会場に向かい、学習会が終了したあと、市原さんは、福島原発事故ですっかり有名になった、放射能災害から市民の命を守る最前線となるオフサイトセンターに案内してくれました。横須賀では、放射能災害から市民の命を守る最前線はどこに、どんな風にあるのだろうかと少々興奮気味で、現場に案内してもらったところ、そこは児童相談所の建物の中だと判明。

 (原子視力規制委員会のHP

 放射能災害から市民の命を守る最前線となるオフサイトセンターを「児童相談所」の一角に設置するというのは、関係者はいったいどんな味わい深い計らいをしたのかと思っていたら、市原さん曰く、
「ここはすぐ前が海で、海抜ゼロメートルです。なのに、 オフサイトセンターの装置・設備は児童相談所の地下にある。津波が来たらいっぺんで終わりなのは311で経験済みなのに、なんでそんなバカなことをするのか、職員に聞いても、そんなの、どうでもいいという感じで、答えませんでした。」

こうした人々の心に巣食っている三無主義(無気力・無関心・無責任)が自然界の災害と一体になったとき、私たちは取り返しのつかない地点に押しやられてしまう。 放射能災害の防災担当者の善意、熱意、努力を無条件に前提としてはいけないこと、それらは市民の参加(監視、圧力)によって初めて、正常に機能することを自覚する必要があることを、思い知らされました。

閑話休題。
以下、当日の学習会の報告です。この日、Facebookを見て来た方、東京杉並から参加された方もいました。

第1部は、チェルノブイリ法の前提となるチェルノブイリ事故の現実を学ぶため、Ourplanet制作のドキュメンタリー「チェルノブイリ 28年目の子どもたち~低線量被曝の現場から」を上映しました。


第2部は、柳原敏夫から、チェルノブイリ法日本版について話をしました。
                      

その動画とプレゼン資料&配布資料です。

動画

柳原敏夫の話(その1)(23分)



柳原敏夫の話(その) 
 

質疑応答


 

プレゼン資料(全文のPDFは->こちら
 「戦争と平和--私にとってチェルノブイリ法日本版--



配布資料(PDFは->こちら) 
NOでは足りない--3.11ショックに対抗する、もう1つの「あべこべ」は可能だ-



NOでは足りない--3.11ショックに対抗する、もう1つの「あべこべ」は可能だ-
2018.11.3 at横須賀 柳原敏夫
1、3.11とは何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。

2、3.11以後の気分
 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。

3、3.11以後の課題
 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。
第3に、単に311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。

4、3.11以後の現実
「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。

4-2、「自然と人間の関係」:原発事故とは何か?
・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)
・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))
・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)

4-3、「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――
チェルノブイリ事故の「希望」と「犯罪」のうち、希望は用意周到に踏みにじられ、犯罪がより徹底して反復された。
子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。
 加害者が救済者のつらをして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。
 被害者は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害。
 密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる。

5、3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。
→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」

6、3.11以後の具体的課題「被ばくから命・健康と生活を守るための4つの市民アクション」
①.国内-チェルノブイリ法に匹敵するチェルノブイリ法日本版(原発事故避難の権利法)の制定
②.国際1-チェルノブイリ法に匹敵するチェルノブイリ法条約(原発事故避難の権利条約)の成立
③.国際2-(スペイン・アルゼンチンほか)で、日本政府の責任者を「人道上の罪」で刑事告発。
④.生活再建-市民の自主的相互扶助の自立組織=社会的経済・連帯経済(協同組合、ワーカーズ、市民バンク、市民通貨)の創設

7、3.11以後の具体的課題はいかにして実現可能か
 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」
 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。
 そのために、私たちは「過去を再定義する」必要がある。私たち市民の先達が、過去の苦難の中で、いかにして、市民自身の力で自ら困難を克服していったかの歴史、記録を正しく認識する必要がある。
 その一例が以下の歴史。

 1872年 江藤新平らが、民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。

 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動


 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動

 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト

 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 


 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。

8、次は我々の番だ。
2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の組織として、「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。
 次は日本各地で、YESというアクションを起す、ベラルーシ出身の画家シャガールに倣って。

最初から失敗することがわかっているような冒険でも、そこがパリであれば、
冒険を冒す価値がある。それがパリだ。
2018.11.3

2018年11月3日土曜日

【報告】10月28日(日)市民立法「チェルノブイリ法日本版」勉強会「戦争と平和」(愛知県日進市)

最初から失敗することがわかっているような冒険でも、そこがパリであれば、
冒険を冒す価値がある。それがパリだ。 
                                                                        シャガール
 ****************  
10月28日(日)、愛知県日進市で、市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会をやりました。


日時:10月28日(日)15時~
場所:日進市にぎわい交流館 2F 和室 E F
講師:柳原 敏夫(弁護士)
会費:300円(学生、障害者、避難者は無料)


勉強会には愛知県の刈谷市、豊川市、豊橋市からも参加、米国のノーマ・フィールドさんから聞いて駆けつけたという大学の先生、地元から日進市の市議5名が参加。
和室の落ち着いた雰囲気の中、熱心な質疑応答が交わされました。






以下、その動画とプレゼン資料&配布資料です。

動画

柳原敏夫の話(その1)


柳原敏夫の話(その2)・質疑応答


プレゼン資料(全文のPDFは->こちら
 「戦争と平和--私にとってチェルノブイリ法日本版--


http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/181027presenKakogawaNisshin.pdf


配布資料(PDFは->こちら
NOでは足りない--3.11ショックに対抗する、もう1つの「あべこべ」は可能だ-


1、3.11とな何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。



2、3.11以後の気分

 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。



3、3.11以後の課題

 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。

第3に、単に311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。



4、3.11以後の現実

「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。



4-2、「自然と人間の関係」:原発事故とは何か?

・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)

・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))

・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)



4-3、「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――

子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。

 加害者が救済者のつらをして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。

 被害者は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害。

 密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる。



5、3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。

→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」



6、3.11以後の具体的課題「被ばくから命・健康と生活を守るための4つの市民アクション」

①.国内-チェルノブイリ法に匹敵するチェルノブイリ法日本版(原発事故避難の権利法)の制定

②.国際1-チェルノブイリ法に匹敵するチェルノブイリ法条約(原発事故避難の権利条約)の成立

③.国際2-(スペイン・アルゼンチンほか)で、日本政府の責任者を「人道上の罪」で刑事告発。

④.生活再建-市民の自主的相互扶助の自立組織=社会的経済・連帯経済(協同組合、市民バンク、ワーコレ、市民通貨)の創設



7、3.11以後の具体的課題はいかにして実現可能か

 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」

 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。

 そのために、私たちは「過去を再定義する」必要がある。私たちの先達が、過去の苦難の中で、いかにして、市民自身の力で自ら困難を克服していったかの歴史、記録を正しく認識する必要がある。

 その一例が以下の歴史。

 1872年 江藤新平らが、民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。

 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動


 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動

 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト

 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 


 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。



8、次は我々の番だ。

2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の組織として、「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。

 次は日本各地で、YESというアクションを起す。
                                                (2018.10.28

【報告】10月27日(土)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和」(兵庫県加古川市)

 ひとりひとりの兵士から見ると、戦争がどんなものであるか、分からない。単に、お前はあっちに行け、あの山を取れとしか言われないから。だから、自分がどういうことになって、戦わされているのか、分からない。 それで、戦争とはこういうもので、あなたはここに出動を命じられ、それで死んだんだということを、なぜ彼等は死ななければならなかったのか、その訳を明らかにしようとしたのです。大岡昇平(太平洋戦争の天王山と言われたフィリピンのレイテ島の激戦「レイテ戦記」を書いたあとのNHKインタビュー
3.11のあと、ひとりひとりの市民から見ると、福島原発事故がどのようなものであるか、どうしたらよいのか、真実は分からない。「健康に直ちに影響はない」「国の定めた基準値以下だから心配ない」とかしか言われないのだから。だから、一体自分がどういう危険な状態にあるのか、どう対策を取ったらよいのか、本当のことは分からない。

 ****************** 


10月27日(土)、兵庫県加古川市で、特定非営利活動法人ワンハート主催の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会をやりました。


学習会には地元の市民・議員さんに、神崎郡市川町、神戸、大阪からも熱心な参加がありました。




以下、その動画と配布資料&プレゼン資料です。

動画
柳原敏夫の話(その1)


柳原敏夫の話(その2)・質疑応答


プレゼン資料(全文のPDFは->こちら
 「戦争と平和--私にとってチェルノブイリ法日本版--


http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/181027presenKakogawaNisshin.pdf


配布資料(PDFは->こちら
「NOでは足りない--3.11ショックに対抗する、もう1つの「あべこべ」は可能だ-」



1、3.11とな何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。



2、3.11以後の気分

 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。



3、3.11以後の課題

 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。

第3に、単に311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。



4、3.11以後の現実

「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。



4-2、「自然と人間の関係」:原発事故とは何か?

・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)

・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))

・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)



4-3、「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――

子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。

 加害者が救済者のつらをして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。

 被害者は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害。

 密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる。



5、3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。

→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」



6、3.11以後の具体的課題「被ばくから命・健康と生活を守るための4つの市民アクション」

①.国内-チェルノブイリ法に匹敵するチェルノブイリ法日本版(原発事故避難の権利法)の制定

②.国際1-チェルノブイリ法に匹敵するチェルノブイリ法条約(原発事故避難の権利条約)の成立

③.国際2-(スペイン・アルゼンチンほか)で、日本政府の責任者を「人道上の罪」で刑事告発。

④.生活再建-市民の自主的相互扶助の自立組織=社会的経済・連帯経済(協同組合、市民バンク、ワーコレ、市民通貨)の創設



7、3.11以後の具体的課題はいかにして実現可能か

 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」

 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。

 そのために、私たちは「過去を再定義する」必要がある。私たちの先達が、過去の苦難の中で、いかにして、市民自身の力で自ら困難を克服していったかの歴史、記録を正しく認識する必要がある。

 その一例が以下の歴史。

 その一例が以下の歴史。

 1872年 江藤新平らが、民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。

 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動


 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動

 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト

 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 


 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。



8、次は我々の番だ。

2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の組織として、「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。
次は日本各地で、YESというアクションを起す。                                                                           (2018.10.27) 

【報告続き】7.12対話集会の続き(2)「自己決定(自主避難)したことを人権侵害を甘受する根拠にできるのか」について沢山の人たちと対話したい(26.7.26)

7.12対話集会に九州から参加した人がこういう趣旨のことを言ったーー自分は千葉から九州に避難したが、或る有名人から、自分みたいに自主避難した人のことを「頭のおかしい人がいる」と相手にもされない扱いを受けた、自分は被災者(被害者)として認められなかったと。 その有名人は私のかつての...