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2026年7月25日土曜日

【報告続き】7.12対話集会の続き「人権活動家よりも、人権を信じない小出さんと共にいたい」について沢山の人たちと対話したい(26.7.25)

   2018年3月、チェルノブイリ法日本版の会結成集会に参加した小出裕章さん


7月12日の対話集会に参加された人と、その後、お会いしたり、メールで、当日の話題について対話を重ねていて、
以下は、その方から、小出裕章さんの「人権」についての対話をご存知ですか?と問いかけられ、それに対する私のコメントです。
これは私たち2人の対話にとどまらない、7.12集会の根本に関わることなので、ここに掲載させてもらいました。
私は、こうした対話を今、日本中の市民としたい、そう心から願っています。

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人権活動家よりも、人権を信じない小出さんと共にいたい。

                         柳原敏夫

7月12日の対話集会、私は、50歳半ばまでずっとブル弁(ブルジョア弁護士)の仕事をしてきたことを喋った。ブル弁を続けてきた消極的な理由として既成の人権活動家に対する不信があった。彼らが振りかざす「人権」がどうしてもなじめず、どこか信用できないと直感的に感じていて、なかなかそこに向かう気がしなかったからだ。人権をうさんくさいものと感じる私の気分を代弁していると思ったのが、人権なんてないと断言した小出さんの次の発言だった。
小出 放射線は少量でも生命体に必ず影響を与えます。だから障害をもった子どもが必ず生まれてくることを前提に差別の問題を考える必要があると思います。
槌田 生きていく上で差別されない人権があると思います。
小出 僕は人権という言葉は嫌いです。人間の権利なんてない。生き物としてどう生きるか死ぬかだけです。
                 『原発事故後の日本を生きるということ』(2012年11月

私もまた、50歳半ばまで、この世には生き物としてどう生きるか死ぬかという「事実」しかない、人権なんて存在しないのだと思っていた。人権とか憲法とか、さらには法律とかは結局のところ、自分たちの利害打算、政策を尤もらしく正当化するための意味づけ=大義名分=イデオロギーにすぎず、世界をリアルに把握するためにはイデオロギーによる「意味づけ」をはぎ取って、「意味」という白粉でお化粧される前の、地肌の「事実」に向かうしかないと確信していたからだ。ところが、そのリアルな認識はブル弁として著作権ビジネスの世界にドップリ漬かって仕事をする中で、自分でも思いもよらない形で揺らいでいったーー24時間金儲けしか考えない著作権ビジネスの経営者(これが私のお客だった)の政策のために、クリエーター、アーティストたちがドブネズミのように扱われ、ポイ捨てされる「事実」を前にして、これが「弱肉強食」の資本制社会の現実なのだと受け止めることでは済まなくなって、いくら何でもさすがにその扱いはおかしいんじゃないかと、なぜなら、彼らこそ作品という価値を創造した源泉なのに、その価値創造に相応しい扱いがされていないじゃないかと、そこから、思いがけず、「彼らを人間として扱え!」という抗議の声が自分の心の底から沸きあがって来るのを押さえられなくなったからである。
そのとき、この思いがけず沸きあがって来た声もまた「事実」だった。だが、それはこれまで見てきた「事実」とは明らかに異なる「事実」だった。いわば、それは人々を
ドブネズミのように扱うエグイ「事実」の積み重ねの中から生成されてきた叫び、そしてそれは私にとって疑う余地のない「価値判断」の叫びだった。あとになって、このような「価値判断」の叫びのことを「人権」と呼ぶのだと教えられた時、私は素直に納得した。そして、この叫びを尊重するのが「人権」を尊重することなら、この意味でなら「人権」は存在する、ずっと「人権」のそばにいたいと思った。
これまで、私の前にあった、手垢に汚れた「ありきたりの道徳教訓」としての
「人権」が、この時、人間がどんなに迫害され、どんなに虫けらのように扱われてもこれだけはどうしても手放すことができないものとして「人間の証(あかし)」として、全く新しい姿で目の前に再登場してきた。これが、ブル弁の私が人権を「再発見」した最初だった。
そして、このような人権のあり方を映画にしたのが、最初、金儲けの手段としてユダヤ人を利用しようと企んでておきながら、その後に、それとは正反対の「ユダヤ人の命を救うために全財産を投げ出してしまった」という不可解、奇妙奇天烈な行動に出たナチス党員シンドラを描いた「シンドラーのリスト」だということを「再発見」した。
そしたら、30年以上前、高校時代にクソ授業に我慢出来ず、授業をサボりまくって、担任から「
授業をサボるんなら退学しろ」と勧告されたとき、怒り骨髄に達して猛反発した経験を思い出し、この時、「まともな学びをしたいと思っているオレを人間として扱え!」という抗議の声が自分の心の底から沸きあがらないではおれなかったということを合点し、この叫びが「自分にまっとうな授業を受けさせろ」という「教育を受ける権利」の人権を求める叫びだったことを「発見」した。
このとき、人権はそこらへんにころがっているのを「見る」のではなく、自分自身で「発見」するしかないものだということに気がついた。

そのあと、私は、「人権」「人権」を言う既成の人権活動家よりは、「人権」は嫌いだ、この世には生き物としてどう生きるか死ぬかという「事実」しかないという小出さんと共にいたいと思った。その上で、その「事実」を突き詰める果てに、その「事実」から生成される、「人間として扱え!」と叫ばずにおれない叫び、この叫び声という「事実」を「人権」として「発見」することが可能であり、小出さんもまた、意識せずに、無意識のうちにその「発見」をして、その叫びを日頃から口にしている人なのではないかと思った。


くり返すと、
この世で人権を見た人は誰もいない。人権に触った人もひとりもいない。その意味で人権は存在しない。にもかかわらず、人権は存在する。では、どんな風にして?ーー人権は事実を突き詰める中から、具体的には人権侵害というおぞましい「事実」とあらがう中で、人権侵害を否定しないではおれない叫びとして生成される。その叫び声が事実から生成された人権。
例えば、世界最初の人権とされる宗教の自由。だが、これは人々が宗教の自由を尊重した結果、出現したものではない。それは、自分と異なる宗教を信仰する人々を異端、悪魔と激しく排斥する宗教戦争をやり抜いて、情け容赦ない殺戮の「事実」の果てに、それに対する猛烈な自省から、人々は自分と異なる信仰に対する寛容の必要性・重要性に目覚めた。この新たな「事実」、それが「宗教的寛容」であり、この宗教的寛容が人権(=宗教の自由)として出現した。

    サンバルテルミの虐殺『ヨーロッパの歴史 欧州共通教科書』p.242(世界史の窓

これに対し、この生成過程を離れて、誰もが反対できない、単なるお題目として人権を振りかざすとき、その時、人権の生命は「死滅」する。
政府が広報する人権はもとより、自分の周りで耳にする人権はその類のものが多すぎる。
もっと早く、人権のこの本来の生成過程を知ったなら、私は、ためらわずに、とっとと、ブル弁から人権弁に向かうことができたのにと思う。
今、日本社会に、この「人権の発見のための対話」の場が、切実に求められている。
チェルノブイリ法日本版の会(の少なくとも私)は、日本の市民と、そのような
「人権の発見のための対話」をすることを心から願っています。

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