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2026年5月30日土曜日

【お知らせ】ニュースレター第13号の補足(菅谷昭さん、矢ヶ崎克馬さん、落合栄一郎さん) (2026.5.29)

上記のニュースレター第13号で、新会員紹介として菅谷昭さんと落合栄一郎さんのお二人をご紹介しました。このうち、菅谷昭さんがどのような方で、どのような経緯で当会に参加されたかを紹介しました(その文は>こちら)が、落合栄一郎さんについては、ご本人から入会にあたっての思いを書いていただいたので、それ以上、どのような方で、どのような経緯で当会に参加されたかについては特に紹介しませんでした。
しかし、この点に関心を持つ方がおられたので、以下に簡単に記します。

落合栄一郎さんのプロフィール
  2023年に帰国された際の学習会の以下のチラシに記載の通り。さらに詳細(主に戦争体験)を知りたいときは>こちら


落合栄一郎さんの入会の経緯
 昨年2025年暮れ、東京で久々にお会いし(以下の右端)

そのあと、落合さんから以下のメールをいただきました。

日本で今、福島問題に真剣に携わっておられる皆さんに会えて、遠くから見ているとは違った、直接的な関わりが、少し持てたかなといった感じができました。お会いできて良かったです。どうか、今後も頑張ってください。

それに対し、柳原から落合さんに以下のメールを差し上げたところ、

ご丁寧で率直な心情を吐露していただいたメールを、ありがとうございました。
    それを読み、先日、じかにお会いした時のことを思い出し、今日は折り入って以下のことをご相談させて下さい。

    私は、市民運動の原理「組織ではなく運動である」と思っているので(べ平連の考え方ですが)、これまで、市民運動の団体に落合さんにも入ってもらおうとは特に思ってきませんでした。
    他方、先日、東京でお会いして、放射線と人体の関係について、これからも落合さんから自然科学者としてベースになる基本的な考え方から放射線の最先端のことまで、きちんと学ばせてもらいたいと思ったとき、それはただの知的好奇心ではなく、市民運動であるチェルノブイリ法日本版を制定させるために必須の取り組みと考えていました。
    それで、私のこのリクエストに対し落合さんがいいですよと応えて頂いた時、私は心から落合さんを同志のように感じました。
    それで、だったら、落合さんに、この同志的な関係をカタチにすることも許されるのではないかと思い、落合さんに、私が参加している「市民が育てるチェルノブイリ法日本版の会」(略称:日本版の会)という市民運動の団体に参加していただけませんかと思うようになりました。
    日本版の会が「市民が育てる……」と言う時、それは世界市民を意味しています。だから、世界市民である落合さんは私どもの会のメンバーとして最も相応しい方です。そして、メンバーになって頂きたい理由は私どもの会に所属することに意味があるのではなくて、新たな世界市民運動を展開するアクションを一緒に起こすためです。その点に賛同いただけるようでしたら、ぜひ、私どもと一緒に日本版の会で行動(とはいっても、その内容は各自各様で、無理ない範囲での行動です)を共にさせて下さい。

    先日の東京でお会いした時のような同志的な関係を、今後とも大事にしていけたらと心から思っています。ご検討をどうぞよろしくお願い致します。

落合さんから以下の快諾の返信を頂き、入会されました。

お誘いありがとうございます。私のような人間(年齢、外国住まい)に何か寄与できることがあるのかわかりませんが、私にできることがあれば、いたします。ということで、参加します。

菅谷昭さんのプロフィール

日本版の会のことを知っていて、菅谷昭さんのプロフィールを知らないというのは想像できない話なのですが、13号のニュースレター2頁でご紹介した通り、

松本市長時代、311直後から、福島県の子どもたちの被ばく影響を憂慮し、国策として集団疎開の必要性を正面から訴えた日本の自治体の唯一の首長です。
 
それ以外の情報は例えばこちらを参照下さい>新潮社 幻冬舎 ウィキペディア


矢ヶ崎克馬さん
のプロフィール

 ニュースレター第13号文を寄せて頂いた矢ヶ崎克馬さんについても、プロフィールの問い合わせがありましたので、例えば 岩波書店 ウィキペディア

矢ヶ崎克馬さんは2021年9月に正会員になりました。以下は、その時に、メーリングリストに投稿した柳原からの紹介文です。
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申し訳ありません、ここでは極めて異例ですが、矢ヶ﨑さんのご紹介として、以下に311の私の個人的な経験を書かせて頂きました。

私は、現在付き合いのある人たちの99%は311以後に知り合った人ですが、その一番最初に出会った人が矢ヶ﨑さんでした。
311原発の事故の後、2ヶ月間、自宅に引きこもりになり、そのあと、初めて外出した先が(初めて訪れた)郡山市でした。
郡山市で、矢ヶ﨑さんが講演するとネットで知ったからです(以下の動画です)。

内部被曝を避けるために――怒りを胸に、楽天性を保って、最大防御を
 
その1ヵ月後に、ふくしま集団疎開裁判を福島地裁郡山支部に申立たとき、その申立に同行し、記者会見でも熱心に参加したのが元筑波大教授の生井兵治さん(動画>こちら)で、 
当時、弁護団はこの裁判に協力してくれる科学者を一人も知らず、その惨状を見るに見かねて、生井さんがご紹介してくれたのが、矢ヶ﨑さんでした。
地獄で仏に出会うとはこのことでして、わらをもすがる思いで、それ以来ずっと、ふくしま集団疎開裁判に献身的に協力して頂きました。

なかでも、今でも鮮明に覚えていることは、ふくしま集団疎開裁判は通常の裁判ではなく、仮処分という緊急の手続でしたので、9月9日の3回目の審理で審理終結という進行でした。しかし、7月当時から「除染すれば福島にとどまっても大丈夫」という根拠のないキャンペーンが大々的に展開され、裁判所もそれに影響され、このままでは負けるのが必至でした。
そしたら、その直前に想定外の展開が起きました。8月30日に、文科省が、福島県内の土壌汚染調査の結果を発表したのですが、そこに、深刻な汚染データが示されていて、それに着目して、矢ヶ﨑さんが、
郡山市の土壌汚染が同程度の地域として、チェルノブイリの「ルギヌイ地区」を取り上げて、チェルノブイリ事故のあと、この「ルギヌイ地区」で発生した深刻な健康被害が、郡山市でも発生することが予想される、
という見解を示していただいたことです(以下の意見書の3頁)。
http://1am.sakura.ne.jp/Nuclear/Yagasaki-opinion.pdf

私は飛び上がって、矢ヶ﨑さんにこれを意見書として書いていただきたいとお願いし、快諾していただきました(末尾の()に、その当時、矢ヶ﨑さんとのやり取りを転載しました)。
私が今でも鮮明に覚えているのは、当初、この日で審理を終結し、結論を出そうと決めていた裁判長が、矢ヶ﨑さんの意見書を読み、それまで抱いていた確信がグラグラと崩れ、もういっぺん、まっさらにして、事態を再検討しなくてはいけないと審理の続行に態度を変更したことです。
中には、煮ても焼いても食えない権力ベッタリのゴリゴリの裁判官もいますが、大半は、自分の出世と自分の良心のはざまで揺れ動いている、或る意味で人間らしい人たちです。この裁判長もそうでした。
福島とチェルノブイリを対比するという矢ヶ﨑さんの意見書は、「自分の出世と自分の良心のはざまで揺れ動いている裁判長の心に直球のボールのように、激しく突き刺さり、彼の良心を揺さぶりました。
この時の経験から、福島をチェルノブイリと対比することを通じて、問題がよりクリアになることを(チェルノブイリ法日本版の原体験ともいうべき)、経験しました。
その結果、審理はやり直しになり、そこから、矢ヶ﨑さんのご紹介で、松井英介さんに、甲状腺疾病以外の様々な健康被害について、当時まだ英語版しかなかった「チェルノブイリ被害の全貌」をもとにして、チェルノブイリ事故との具体的な対比を行なった松井意見書を作成してもらい、
パンダジェフスキー論文による心臓病の発症を警告するバズビー論文やプルトニウムの危険性を警鐘した矢ヶ崎さんの意見書(2)等を作成してもらい、提出しました。
この科学的主張の裏づけの盛り上がりの中で、裁判支援運動にも大きく弾みがつき、黒田さんたちを中心に、10月15日の郡山市デモを企画し、当日は山本太郎さんも参加して、東京新聞にも大きく取り上げられました(以下、その報告)。

https://fukusima-sokai.blogspot.com/2011/10/blog-post_17.html

当時を振り返って改めて思うことは、裁判支援の市民運動の盛り上がりは、科学的主張の裏づけの盛り上がりと両輪の輪の関係にあったことです。
絶体絶命のピンチにあった9月9日の3回目の審理で、矢ヶ﨑さんの意見書が提出できなかったら、ふくしま集団疎開裁判は10月15日の郡山市デモもないまま、あっけなく、線香花火にように終わってしまったと思います。
あそこで、さながら、裁判長の胸倉を掴み「これで審理終結していいのか」と迫った矢ヶ﨑さんの意見書が、そのあとの裁判と支援運動の転換点になったことの意義を、これからも何度も思い起こして、科学的認識と市民運動の実践との両輪に心を砕いて行きたいと思います。

なんか、自分の決意表明みたいになってしまい、スミマセン。

この時を思い起こして、実に無礼、無遠慮、無鉄砲で、思ったこと、分からないこと、感じたことをズケズケ書かせていただきました。
大変失礼をしたこともあったかと思うのですが、しかし、遠慮していては伝わらないことが多々あったはずなので、今後とも、このスタンスで、ズケズケ意見交換させていただけたら幸いです。

今後とも、どうぞよろしくお願いします。


Date: Wed, 7 Sep 2011 10:34:46 +0900 (JST)
To: 沢田 昭二 <‥‥>,矢ヶ崎克馬 <‥‥>
From: Toshio Yanagihara <‥‥>
Subject: [anti20msv:0381] 疎開裁判の最終戦でのお願い(3):昨夜の電話会議と矢ヶ崎先生の陳述書案

沢田 昭二 様
矢ヶ崎 克馬  様

おはようございます、柳原です。

私が別件の裁判の準備で昨日の夕方まで、手が離せず、夜、志賀原発差止を書
いた元裁判長の井戸さんと電話会議をしました。

その結果、最後の勝負を次に賭けようということに決めました。

1、旧ソ連政府がチェルノブイリ原発事故対策として打ち出した避難の基準
(土壌のセシウム汚染濃度により4段階〔強制居住、一時移住、移住権、汚染
地域〕)と、
2、8/30文科省発表の福島原発事故による郡山市の土壌のセシウム汚染濃
度とを対比して、チェルノブイリの避難のどの段階に該当するかを導く。
3、土壌のセシウム汚染濃度と空中線量との(相関)関係に基づいて、債権者
らの通う学校の土壌のセシウム汚染濃度を導く。

そしたら、ちょうどその頃、矢ヶ崎先生から陳述書案が送られてきていまして、
矢ヶ崎先生の意見書案文:ワード
http://www.h6.dion.ne.jp/~noam/f/Yaga.doc
PDF
http://www.h6.dion.ne.jp/~noam/f/Yaga.pdf

それを開いてみたら、私どもの勝負と同じことを書いておられたので、ビック
リ仰天すると同時に大変心強く思った次第です。

矢ヶ崎先生には、是非、この方針で、素人の裁判官向けに、より理解しやすい
ものに仕上げていただけたら幸いに存じます。

澤田先生、昨日、陳述書の書名欄を郵送していただきました。ありがとうござ
います。
これで、9日の裁判のギリギリまで陳述書作成で粘れますので、ひとまずご安
心下さい。

それで、澤田先生の陳述書のアイデアはその後、いかがでしょうか。

基本的に、先生のお考えに私どもは異論はない筈でのすので、思う存分、アイ
デアを展開していただければ幸いです。

ただ、もし差し支えなければ、基本的なアイデアは矢ヶ崎先生と私どもの昨夜
の検討で出ました、上記のアイデアをベースにして、個別具体的な展開をして
いただけたら大変ありがたく思います。

具体的に申しますと、矢ヶ崎先生の分析は、福島市のセシウム汚染データを元
にチェルノブイリ事故と対比されています。

そこで、もし澤田先生の分析が、この裁判の子供等が通う郡山市のセシウム汚
染データを元にチェルノブイリ事故と対比していただけると、大変心強く、ま
さに鬼に金棒です。

具体的に、郡山市のセシウム汚染データは以下の6~8頁にあります。
> 文献C「土壌の核種分析結果(セシウム134、137)について」
>     文科省 2011年8月30日
>       http://p.tl/9Sd8

僭越ながら、私の率直な感想とご相談を申し上げさせていただきました。
失礼がありましたら、どうかお許しください。

このあと、また、ご連絡をさせていただきます。

もうじき裁判で、出かけますので、とりいそぎ、失礼いたします。

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今日、ひとりで裁判の検討をしていまして、先生に最もお尋ねしたい内容がク
リアになりましたので、お伝えさせて下さい。


それは、この間、疎開裁判の原告の子供たちが3.11以来外部被ばくしてき
た積算値を計算してきました。例えば、
3.12~5.25の75日間だけでも、原告が通う学校の外部被ばくの積算
値は、
3.8~6.67mSv
或いは、さきほど、私の推計ですが、3.12から8月末まで(172日間)
の原告が通う学校の外部被ばくの積算値は、
7.0356~12.94mSv
となります(その計算は別便で)。

そこで、質問です。
1、外部被ばくの積算値が75日間で3.8~6.67mSvのとき、或いは
8月末までに、7.0356~12.94mSvのとき、
これに内部被ばくの観点と放射能の感受性が高い小中学生という年齢を考慮し
て、ガン・白血病等の健康被害を考えた場合、どれくらいの被害が想定される
でしょうか。

2、或いは、チェルノブイリ事故で同様の外部被ばくをした小中学生たちは、
その後、どの程度のガン・白血病等の健康被害に見舞われたのでしょうか。

3、以上のように、内部被ばくの観点を導入し、放射能の感受性が高い小中学
生という年齢を考慮して被ばくによる健康被害を考えたとき、既にこのような
被ばくをした小中学生は、即刻、避難すべきではないでしょうか。

4、チェルノブイリ事故と対比したとき、チェルノブイリで住民が避難すべき
基準(外部被ばく量)というのはどうだったのでしょうか。


スミマセン、とりあえず、私が最も知りたい問題について、お尋ねさせていた
だきました。

もし、これに真正面から答えることができたら、裁判所もきっと認識が大いに
ぐらつくと確信しています。

そこで、先生方の率直なコメント、感想をお聞かせいただけたら幸いです。

どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

  -----------------------------------------
      柳原敏夫(Toshio Yanagihara)
      E-mail  noam@m6.dion.ne.jp 
    ふくしま集団疎開裁判
   http://fukusima-sokai.blogspot.com/


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