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2026年2月28日土曜日

【報告(その2)】2月23日、さいたま市でチェルノブイリ法日本版の学習会で話せなかったこと「311後のあべこべの時代を正す、その原動力はどこに見出せるか」(26.2.23)

   映画「ニューシネマパラダイス」


 2月23日にさいたま市でやったチェルノブイリ法日本版の学習会、そこで話したいと思いながら、準備不足と当日の時間不足で話せなかったことがあります。

それは「311後のあべこべの時代を正す、その原動力はどこに見出せるか」についてです。
以下、まだ草稿段階のメモですが、これについて話したいと思ったことを記します。
2つあって、
1つは、「シンドラのリスト」の主人公オスカー・シンドラーのような原動力
もう1つは友情という原動力

1、オスカー・シンドラのような原動力
(前置き)
昔、スピルバーグがアウシェビッツの生存者たちから、ホロコーストの悲劇を、生存者が生きているうちに映画にして欲しいと懇請されながらずっとそれを果たさず、いわば逃げ回っていた。とうとう痺れを切らした生存者たちが「生存者たちが死んでしまうぞ!」とねじ込んだ末に、出来上がった映画が「シンドラ
のリスト」だった。そのことを知ったとき、だったら、なんであんなごろつきみたいな奴を主人公にしたんだろうかと不思議でたまりませんでした。その訳は主人公シンドラーはスピルバーグ自身だったからなんだとあとになって合点しました。スピルバーグは高貴な英雄を主役にする映画は作りたくなかった、自分自身みたいに、楽しいことに夢中になるごく普通の市民を主役にした映画を作りたかった。けれど、そんな映画をどうやって作っていいか分からなかった。それで、ずっと悶々として製作に着手できなかった。しかし、或る時、自分のようなチャランポランな普通の市民でも主人公になれる映画があることに気がついた。それが超チャランポランなシンドラを主役にした映画だった。
私もまた、
市民立法日本版を、高貴な英雄が主役になる市民運動にはしたくなかった、自分自身みたいに、楽しいことに夢中になるごく普通の市民が市民立法の主役になる市民運動にしたかった。けれど、そんな市民運動をどうやって作っていいか私も分からなかった。しかし、或る時、チャランポランな普通の市民でも主役になれる市民立法があるのではないかということに気がついた。それがシンドラーのようなチャランポランな普通の市民を主役にした市民運動だった。そしたら、これが311後のあべこべの時代を正す原動力のひとつになれるのではないかと思うになった。

 ただし、今回、私が惹きつけられた直接のきっかけは、シンドラーではなくて、ジョー・オダネルという元米従軍カメラマンでした。
というのは、彼のことを書いた「神様のファインダー」を読み、20代で広島・長崎の被爆地を撮影した頃の彼の雰囲気から、彼がよきにつけあしきにつけ、典型的なヤンキーの若者にしか思えなかったからです。そうしたアッケラカンとして能天気風だった彼が、その後、晩年に至り、原爆の犯罪を正面から訴える求道者に変貌したことに、いったい、彼はどこで、どう変貌したのか、それにとても関心が沸きました。

その謎について、彼自身が本の58頁以下に正直に書いていましたーーそれは、何か高い道徳的な感情に導かれてとかいう高貴な出来事なのではなくて、むしろそれとは正反対の、原爆の犯罪という悲惨な現実からずっと目を背けてきた自分が、このままではやっていけないと悪夢にうなされる苦痛の末に、この苦しみは原爆と向かい合う中でしか克服できないと悟り、そこで、原爆の犯罪を正面から訴える生き方を選択する。それを読み、何というリアルな出来事なのだろう、これは「シンドラのリスト」の主人公のようだと思いました。そして、これがむしろ普通の市民が辿ることができる、リアルな変貌の姿ではないかと思うようになりました。
つまり、311後のゴミ屋敷の日本社会を再建する取組みは、普通の市民にとって、何か高い道徳的な感情に導かれて行なうものではなくて、むしろそれとは正反対の、原発事故の犯罪という悲惨な現実からずっと目を背けてきた自分が、このままではやっていけないと悪夢にうなされる苦痛の末に、この苦しみは原発事故と向かい合う中でしか克服できないと悟り、そこで、原発事故の犯罪を正面から訴え、その救済を正面から取り組む生き方を選択することなのではないかと(未完)。

2、友情という原動力
それは、映画「ニューシネマパラダイス」で描かれた友情のことです。は、この映画の中で、主人公の貧しいトトが失恋し失意の底にある時、親父代わりの映画技師アルフレッドからこう言われて、それで背中を押され、トトは自分の進むべき道を悟る、そして、それを一途に貫く。
最近、久々にこの映画を観たとき、この二人の友情は何と貴いものだろうか、本当に人生の最高の宝もの、糧だと思い、同様に、このような友情こそが日本版の原動力なんだと実感しました。
「日本版のために自分のすることを愛せ  
 子どもの時、映写室を愛したように」

アルフレッド「人生はお前が見た映画とはちがう。
       人生はもっと困難なものだ。
       行け
       ローマに戻れ
       お前は若い
       前途洋々だ          」
トトがローマに旅発つ日、駅で
アルフレッド「帰ってくるな 
       私たちを忘れろ   
       ノスタルジアに惑わされるな
       すべてを忘れろ
       ‥‥‥‥‥‥
       自分のすることを愛せ  
       子どもの時、映写室を愛したように」


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