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2018年12月24日月曜日

【報告】12月22日(土)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和――NOでは足りない、YESを、平和を積極的に創り出す必要がある――」(東京都渋谷区)

2月22日(土)、東京都渋谷区の光塾で、脱被ばく実現ネット主催の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会をやりました。

この日、仙台市、小田原市から参加された方、延べ4回、3回参加された方、「情報公開法」の市民立法の市民運動メンバーの辻利夫さんなど熱意ある人たちが集まりました。


             子ども脱被ばく裁判の報告をする原告代理人の光前幸一さん

              市民立法「チェルノブイリ法日本版」の話をする柳原敏夫

             市民立法「情報公開法」の制定の話をする辻利夫さん

この日の学習会用に、柳原は、今年度の学習会の総集編の積りでレジメとプレゼン資料を編集しました。
以下、当日の動画とプレゼン資料&配布資料です。


動画
共同代表の岡田俊子さん:「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」のこれまでの経過について。


子ども脱被ばく裁判の原告代理人の光前幸一さん:この裁判の報告。



柳原敏夫:市民立法「チェルノブイリ法日本版」について


市民運動メンバーの辻利夫さん:「情報公開法」の市民立法の制定に至るまで。


質疑応答


プレゼン資料(全文のPDFは->こちら
http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/181222presen.pdf

配布資料(PDFは->こちら

戦争と平和
NOでは足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある

2018.12.22 at 光塾 柳原敏夫

311からまもなく8年が経過。

私たちは、311直後のアクションを単に持続するのではなく、そこからもう一歩前に進む必要がある。

そのためにこの間の振り返りの中から、新しい再出発を模索する。

第1部、戦争

 私たちは放射能を忘れたがっている。しかし、放射能は忘れさせてくれない。

 放射能のいつも変わらぬ無言のシグナルは

 ――ユルユルと、ボケっと生きてんじゃねえよ!

第2部、平和

 平和は歌を歌って実現するものでも、ハトや虹の絵を描いて実現するものでもない。

 そのためには、実現可能な明確なビジョンをつかみ、これを実行する必要がある。

 それが「平和を再定義すること」、平和に向けて持続可能な現実的なビジョンを持つこと。

ジョディ・ウィリアムズ

311後の私たちに残されていること

 ――311原発事故後の「福島の犯罪」をただし、命の救済を現実化、具体化すること、

 それが、市民立法によるチェルノブイリ法日本版の制定。



世界最初の市民立法の条約(対人地雷禁止条約)を成立させた市民団体「地雷禁止国際キャンペーン」のメンバー。ノーベル平和賞受賞。



第1部、戦争

自主避難者の人の言葉――3・11以来、百戦百敗、ずっと負け続けてきた。

では、なぜ負け続けているのか。その訳は私たちが旧態依然の発想しかできず、3・11以後の過去に経験したことのない未曾有の現実に追いついていないからではないか。

3.11福島原発事故とは何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。

3.11以後の気分

 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は311以後の現実に対する認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。

3.11以後の課題

 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。

第3に、単に311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。

3.11以後の現実

「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。

「自然と人間の関係」(放射線の被ばくとは何か?)

・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)

・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))

・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)

「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――

チェルノブイリ事故の「希望」と「犯罪」のうち、希望は用意周到に踏みにじられ、犯罪がより徹底して反復された。

子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。

福島県は、甲状腺検査の二次検査で「経過観察」とされた子ども(2018年6月末で3316人)が、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されても、その症例数を公表しない。

加害者(加害責任を負う日本政府)が救済者の面をして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。

被害者(避難者も残留者も)は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害→密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる

福島原発事故が明るみにしたもの---3・11ショックのどさくさ紛れの中で、「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界が出現したことにある。

しかし問題は私たちの側にもある。なぜなら、この悪夢のような出来事を前にして、「うそでしょう」「夢であって欲しい」と今なお茫然自失のショック状態にいるから。そのため今なおこの現実と対決することができず、引きこもり、さもなければオリンピックのお祭り騒ぎかという現実逃避の中にいる。子どもの命を守るためにはこの現実逃避から抜け出す必要がある。そのためにまず次の問いが必要となる――このあべこべの世界はなぜもたらされたのか。

「あべこべ」をもたらしたもの


                   ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン」

「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン)というメガネをかけてあべこべの世界を眺めると、311以後の「あべこべの世界」はショック・ドクトリンの正しい適用にすぎないと分かる。「ショック・ドクトリン」の原理は「危機のみが真の変革をもたらす」(山下俊一語録「ピンチはチャンス」)、それゆえひとたび危機が発生したら人々が茫然自失状態の間に一気呵成に「変革」を強行することが肝心で、この間に断固とした行動を取る機会を逸すれば、変革のチャンスは二度とやってこないと肝に銘じている。それが一方で、事故直後のどさくさ紛れに福島県のみ(!)学校安全基準の20倍引き上げの通知、ミスター100mSvの異名を持つ山下俊一発言と彼の設計による欺瞞的な福島県の県民健康調査、被害者の救済を原発周辺の住民に限定し、それ以外には徹底した自己責任(新自由主義)を押し付け、他方で、秘密保護法の成立、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、安保関連法の成立、共謀罪の成立と戦争に突き進む、憲法違反を承知で強引な政治改革の実現――それは3・11前には考えられなかったような、火事場泥棒の法的クーデタと呼ぶほかない異常事態である。3・11以後の日本は国中が原発事故に翻弄された国難などではなくて、「ピンチはチャンス」の通り、原発事故という危機をここぞとばかりに、私たちが茫然自失のショック状態の間に、一気呵成に、原発事故前には不可能だった政治改革を実現した千載一遇のチャンスだった。

このストーリーはチェルノブイリ事故でも実行され、「チェルノブイリの犯罪」と呼ばれだ。311以後の日本も「福島の犯罪」と呼ぶのが相応しい。小説家カミュは「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか」と言った。3・11以後の日本で、猛烈な執念で実行された「福島の犯罪」に対抗する術として、単にNO(「再稼動反対」「支援を打ち切るな」)と言うのでは足りない、「惨事便乗型政治改革」に代わる、積極的、ポジィティブな改革を言う必要がある。それが「これは犯罪であり、犯罪は正されなければならない」と証言することへの執念であり、これ以外に今の日本に何があるだろうか。この犯罪を正すこと、その最初の一歩が、原子力災害から私たちの命・健康・暮らしを守る世界最初の人権宣言である旧ソ連のチェルノブイリ法、その日本版を制定することにほかならない。



第2部 平和

3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。

→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」


いかにして3.11以後の課題を実現するのか?――「もう一つのあべこべ」の可能性――

だが、日本社会が持ちうる最悪の要素の全てを露呈した311以後の「全てがあべこべ」の暗黒時代にそれは可能だろうか。

可能である。なぜなら、311以後に出現した「あべこべ」は生半可なものでなく、悪のあべこべだけでなく、政治を一握りの職業的専門家にお任せする「お任せ民主主義」から、アマチュアの市民が自ら統治する市民主導の参加型民主主義に交代する「もう1つのあべこべ」をも生み出したからである。それは《職業的専門家とアマチュアのあべこべの時代》をもたらし、311まで劇場の観客にすぎなかった市民が、311以後、みずから舞台に上り、政治、経済、科学技術、文化で発言するようになり、主役となろうとしたからである。これが市民主導で原子力災害から市民を守る立法=市民立法の基盤だ。


いかにして誕生したばかりの「もう一つのあべこべ」を育てるのか?

ただし、このあべこべは誕生したばかりで、これを育てるか枯らすかは私達市民の手にかかっている。そのためには過去に「市民立法」を実現してきた「希望の扉」を全て叩いて、扉を開け、希望の泉を汲み出し、芽をふいたばかりの私たちの取組みに注ぎ込む必要がある。公式の日本史に載らない、「希望の扉」が我が国に存在してきた、それも至るところに。市民の市民による市民のための市民立法「チェルノブイリ法日本版」のエッセンスは《今日の革命は参加という名前である》の言葉に詰め込まれている。NOでは足りない。3・11で被ばくした子どもたちを救えないようでは日本はおしまいだと絶望する前に私たちにまだやれることがある。私たちはミセン(未だ生きず)の中にいる。


「希望の扉」その1:チェルノブイリ法日本版は世界史の奇跡?

「世界の中に奇跡があるのではない。この世界があることが奇跡だ」←「この世界がある」には、これまで少なくとも3つの奇跡が含まれる。
①.生命の誕生   無生物の中から生物が誕生したこと。
②.普遍宗教の誕生 共同体(自己愛)の宗教の中から、調節的(他者愛)の普遍宗教が誕生。 
③.人権の誕生   人権抑圧の法体系の中から、人権(近代憲法)が誕生したこと。 

 チェルノブイリ法日本版は放射能災害に対する人類最初の人権宣言。


「希望の扉」その2:過去は変えられる?

 未来は変えられるか? 可能である。なぜなら過去は変えられるから。

 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」

 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。そのために、私たちは「過去を変える」必要がある。
2016年来日したアレクシエービッチさんは言った「日本には抵抗の文化がない」

しかし、彼女は公式の日本史しか知らない。私達の過去には輝かしい抵抗の文化があり、埋もれている。

1872年 江藤新平らが、司法権の独立と民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。

 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動


 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動

 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト

 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 


 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。


次は我々の番だ。

2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の市民団体として「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。

 次は日本各地で、NOではなく、YESという平和のアクションを起す、ベラルーシ出身の画家シャガールに倣って。

最初から失敗することがわかっているような冒険でも、そこがパリであれば、

冒険を冒す価値がある。それがパリだ。

2018.12.22)
 

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