市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会では、全国各地の会員の日々の取り組み、活動を随時、ニュースレターにして発行、賛助会員その他支援者の皆さんに配布しています。
PDF 版はこちらから
※このニュースレターを周りの人に配布、拡散したいとご希望の方は以下までご連絡下さい。
電話 090-8494-3856(岡田)
メール toshiko_english*xf7.so-net.ne.jp(*を@に置き換え下さい)
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市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会では、2023年11月23日、原発事故からの3人の避難者を迎えて、オンラインイベントを行いました。
当日のイベント動画です。
【まえがき】
2023年7月と8月、初めて福井でチェルノブイリ法日本版の学習会をやりました。日本版の会から「早く感想をブログに出して下さい」と何度も催促されながら、原稿らしき素材は何度も書いていながら、どうしても完成できなかった。画竜点睛を欠いていたからでした。
それが、先ごろになって、ようやくその画竜点睛が見つかったような気がしました。つまり、福井行きで私の中でふつふつと沸き起こってきた化学反応の下準備に対し、現実の化学反応を実行してくれる触媒に出会うことができたのです。その触媒とは次の2人といちばん長い手紙「まだ、まにあうのなら」を書いた福岡県のお母さん(甘蔗珠恵子さん)(117話と118話)。
その下は、学習会の講師を務めた柳原の感想文と写真(福井特集号のニュースレターの冒頭の文)。
《半世紀以上「敬して遠ざけて来た」2人の人に今頃になって初めて出会えた。
一人は「人類の哀れな女々しい魂を鞭うつ頑強な精神」を与えようとしたベートーベン。
も一人は、スペイン内戦に参加し「最初の弾丸がスペインのギターを貫通し、これらのギターから音のかわりに血のしぶきがほとばしったとき、私の詩は人間の苦悩の通りの真ん中に立ち止まり、血と根の流れが私の詩のなかを上り始める。そのときから、私の道はすべての人の道になる」と詩を刻んだパブロ・ネルーダ。
その訳は、時代がいま、彼等のような生き方を求めているからなんだと。》(23.10.10自己紹介文)
***********************
今すぐ日本版!それが惑星フクイ
フクイの山と海を知らない者は、この惑星を知らない。同じ裏日本生まれなのに、無意識のうちに「敬して遠ざけて来た」異なる惑星フクイ。その地に今年7月、初めて足を踏み入れた。
若狭町で日本版の学習会を終えたあと、向った先が熊川宿、通称「鯖街道」。この街道に降り立った瞬間、半世紀前の高校の古典の授業で習った古事記の「やまとたけるのみこと」の辞世の歌が脳裏に蘇り、 次のように替えて口づさんだ。
フクイは 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる フクイしうるはし
ここが自分のふるさとなのだ、今、お前はそれを発見したという強烈なノスタルジーに襲われた。 それは私にとっての楽園だ、と。
しかし、それは一日限りのものだった。
翌日、太平洋とちがって、波穏やかな日本海の海岸沿いに信じられないような光景に出くわしたから。
それは、森や建物に覆われずに、むきだしになって人々の前にすっと建っている――原発だった。
この一撃で、フクイの楽園は破壊されていたことを知った。もしフクイにまだ楽園があるとしても、それはかりそめの楽園、それは、ひとたび原発事故 が発生した瞬間にこっぱみじんに消失するカゲロウの楽園。
だとしたら、この峻厳な現実に毎日、毎日向き合っていたら、間違いなく精神に異常をきたしてしまう。だから己の心を守るために、この現実を見ないようにしよう、考えないようにしようと自己暗示にかけるほかない。そして、その自己暗示を首尾よく果した時、 今度は、とめどもなく自分の心を欺くスタイルが習慣となる。それはつまるところ思考停止の日々。「死せる魂」と「生きる屍」への道。こんな恐怖と屈辱の中にほおり込まれているのがフクイに住む人々の置かれた現実。
その思考停止の中でかろうじて安心安全の精神状態を保っていたフクイの人たちの頭上に襲い掛かったのが311福島原発事故だった。福島原発事故で日本の安全神話が崩壊した時、もっとも打撃を受けたのは原子力ムラだけではない、思考停止によりかろうじて心の安定を保っていたフクイの人たちもそうだ。彼等を思考停止にさせてきた心のマンホールのフタは福島原発事故で飛び散った。彼等はもはやこれまでのように思考停止という避難場所に安住することもできなくなった。思考停止という避難場所から追出されて、フクイの人たちの行き先はどこなのか。それは「思考停止という避難場所」から抜け出し「真の避難場所」に向かうしかない。では、その「真の避難場所」とはどこか。それが日本版。「真の避難場所」を提供するのが日本版の目的だから。
安全神話と思考停止が崩壊した311後、眠れぬ日々を過ごすフクイに住む人々にとって最も急務なのが「真の避難場所」を提供する日本版。
90年前、スペインの地で、フランコのクーデタを体験した詩人のネルーダはこう書いた。
「最初の弾丸がスペインのギターを貫通し、これらのギターから音のかわりに血のしぶきがほとばしったとき、私の詩は人間の苦悩の通りの真ん中に立ち止まり、血と根の流れが私の詩のなかを上り始める。そのときから、私の道はすべての人の道になる」
そうだ。福島原発事故という
「日本で最初の原発事故が人々を貫通し、その惨劇と犯罪によって多くの被ばくと苦痛と苦悩がほとばしったとき、日本版は人々の被ばくと苦痛と苦悩の通りの真ん中に立ち止まった。そして、血と根の流れが日本版のなかを上り始めた。そのときから、日本版の道はフクシマ、フクイ、そしてすべての人の道になる。」
ニュースレターの以下のメッセージは、安全神話と思考停止が崩壊した311後のフクイに住み、被ばくと苦痛と苦悩の通りの真ん中に立つ人々の魂の叫びです。
日時:11月23日(木・祭日) 16時~(オンライン)
主催:市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会
●お話して下さる3人の方々は、
ご自分の避難の体験から市民立法・チェルノブイリ法日本版の必要性を強く感じ、
日本版の会員になり、其々の地で活動をして下さっています。
●なぜこの人たちの話を聞きたいと思ったのか(司会担当の柳原敏夫)
それは袋小路から抜け出す突破口が見つかるかもしれないと思ったから。
私は今年の夏に2回、初めて福井の地に足を踏み入れました(その報告はー>こちら)。そこで、初めて次のことを知りました。それは、
ひとたび原発事故が起きたら、そこでどうやって避難し、どうやって生き延びたらよいのか、
それについて考え始めるとそれは個人の手に余る大問題で、結局、袋小路に入ってしまい、思考停止するしかない状態に陥っている人たちがたくさんおられるということでした。
そこで、その思考停止を一種の「心の避難場所」にして、それで辛うじて精神のバランスを保っているという大変な状態にあることも初めて知りました。
その上で、私は、これが原発立地に住む人たちの運命、宿命、避けて通れない唯一の態度なのだとは思わないのです。まだちがったもうひとつの選択肢、態度決定の道があると信じるのです。その最大の理由は福島原発事故で実際に避難して、生き延びた人たちがおられるからです。
一生にいっぺんしかないような未曾有の避難生活の中から、避難者の人たちが経験し掴んできたことが、必ずや、袋小路に入り思考停止を余儀なくされている原発立地に住む人たちの精神状態に風穴をあけるきっかけになると信じます。
その生きた実例が来週23日の日本版の会のイベント「3人の避難者のお話を聞く会」です。
この日は、避難者の人たちがどのような思いで避難生活の苦難を乗り越えてきたのか、なにが市民立法「チェルノブイリ法日本版」の必要性に目覚めるきっかけになったのか、3人の皆さんの体験をズカッと語ってもらおうと思っています。
原発事故の不安の中で眠れぬ夜を過ごし、袋小路に入ってしまった方々こそ、その袋小路から抜け出すヒントを掴むためにも、是非、この日のお話会に参加して頂きたいと願っています。
●参加費:無料
申込み先:toshiko_english@xf7.so-net.ne.jp
(岡田まで)
ご参加ご希望の方は11月21日までに
氏名とzoom名、住所(県名)をお知らせ下さい。
正会員の下澤陽子さんが、10月14日、神戸市西区の母親大会でアピールしました。その際の動画を共有します。5分30秒以降、「チェルノブイリ法日本版」の話になります。
「神戸市西区の母親大会にて伝える機会をいただいた!
そりぁ原発には反対。でも、原発事故の本当のところ、は、ほぼ知らない、今日会場にいた70人の人達。
私にとり、"輪"の外なのです。
輪の外の、聞く耳を持つ、たくさんの人たちに、伝えることは、すごく大切
めちゃくちゃ張り切って話しました!」
8.25、26 福井県(若狭町、越前市)、石川県(金沢市)の学習会 に参加して
本会正会員 岡田俊子(埼玉県さいたま市在住)
柳原さんによる3か所での日本版の学習会はとても中身の濃いものでした。いずれの会場も日本版の会の会員さんがお知り合いの方達を誘い、会場の準備等をして下さったのでした。
柳原さんは7月にも訪れ、8月に再訪なさるというので、何かお役に立てればと会員の大庭さんと私もご一緒する事になったのでした。
8月25日は敦賀市在住の会員・Hさんが駅まで出迎えて下さり、急ぎ若狭町の会場へ向かいました。
Hさんとはメールのやり取りなどはしていましたが、お会いするのは初めてだったのでとても感激しました。会場にはとても熱心な方達が多く参加して下さり、終わった後も名残惜しく場所を変えて交流を深めることが出来ました。Hさんには宿まで送ってもらい、7月の学習会に参加して下さった宿主さんを交えて遅くまで談笑して楽しい晩になりました。
翌朝 宿主さんがHさんと待ち合わせた敦賀駅まで車で送って下さり、Hさんは次の会場・越前市へ向う途中に寄り道して「美浜原発」と「もんじゅ」を案内してくれました。
福島県いわき市出身の私は県内に原発がある事は知っていても原発をみたことはありませんでした。若狭湾の素晴らし景色の海岸沿いに不釣り合いな美浜原発を間近に見た時の驚き、そしてすぐそばの砂浜では夏を満喫して泳いでいる人達や魚釣りを楽しんでいる人達を見た時は信じがたい光景に正直驚くばかりでした。越前市へ向かう車中では原発反対を声高に言えない複雑な思いなど色々話してくれました。
もんじゅ |
越前市では正会員・酒田さんが首を長くして待ってくれました。 彼とは月一のZoom会議でお会いしているものの、感激の初対面でした。毎日のスタンディングや原発前での抗議活動に頭が下がります。
この会場ではご自分の福島事故との関わり、その後の心の葛藤など苦しい胸の内を涙を浮かべながら話して下さった若い男性がいました。日本版との出会いで救われた思いが すると言って下さったので、お仲間をつくって共に歩んで下さるといいな~と思いました。
次の会場は越前市からの帰途の途中でもある金沢市。7月の越前市での学習会に酒田さんのお誘いで参加して下さった会員さんが、今回金沢で是非学習会をお願いしたいとのお申し出でした。
酒田さんのご厚意で高速道路を使って金沢市の会場まで送ってもらいました。ここでも熱心な参加者の皆さんが待っていて下さり、色々な質疑応答もあり、なんとか無事に3か所の学習会を終え、金沢から最終便の新幹線に乗ることが出来ました。
駅まで送って下さったのは参加者のお一人加賀市の若い市議さんと知り恐縮しました。翌日メールを頂き2年半前に日本版の件ですでに繋がっていたのがわかり、縁があってついに御会い出来たのだと加賀市との今後の繋がりにも期待が持てました。
美浜原発 |
沢山の方々に大変お世話になった学習会でした。皆さんの話を聞くにつけ色々な事情やしがらみがあって原発反対を声高にあげる事はとても大変なご苦労があるのが分かりました。
それでもあの福島原発事故当時の福島県民、近隣県民の混乱、そして未だに故郷へ戻る事も叶わず辛い思いをしている人々や国、福島県、東電を相手に闘っている沢山の避難者の方達や小児甲状腺がんの若者達がいる現状を知ってもらう事は、原発の多いこの地で今後あってはならない福島原発事故のような事故が起きてしまった時の為に、一人でも多くの人達にチェルノブイリ法日本版の必要性を知ってもらいたいと思いました。未来ある子ども達の為に私達と共に歩んで下さるお仲間に会え、今後に期待したい充実した2日間でした。
12 年前の 311 東日本大震災での衝撃的な福島第一原発事故で改めて放射能の怖さ、被ばくの怖さを改めて知ったはずの私たちでしたが、積み上げ続けられた「原発事故健康被害安全神話」に沿って大手メディアもその真実を伝えようとしないことで、多くの人々がその存在さえ知らない311子ども甲状腺がん裁判(原告 2 さん意見陳述はここをクリック)
現行「子供被災者支援法」には救済を求める「権利」の言葉は何処にも書かれていなく、 ために原告 7 人のような悲劇は生れています。
GX関連電気事業法の国会通過で原発回帰に大きく舵を切り、福島の汚染水海洋投棄を目前に控える今、国際人権法に基づいて「命と人権を守る」ため、原発事故健康被害から、住民そして子どもを守るため、放射能知識なくても、被爆知識がなくても等しく救われる「チェルノブイリ法日本版」の事をより深く知り、原発事故健康被害救済法整備を目指して知識を深め、一刻も早く地方自治体での条例案採択を目指していきたいものです。
今回は 市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会 協同代表である柳原敏夫弁護士にお越し頂き「チェルノブイリ法日本版」学習会を企画いたしました。
つきましては下記の通りご案内申し上げます。
「チェルノブイリ法日本版」福井しるんやて会
記
日時 2023年 7 月 15 日 午後 1 時より 3 時半頃予定
場所 越前市民プラザ3F 中会議室
(お車の方は駐車券をお持ち下されば無料となります)
連絡先 酒田雅人
( 携帯 090-3292-3356 Email ms1954sm@mx.fctv.ne.jp )
会費は頂きませんが、
当日資料代として300円申し受けさせていただきます。
講師:柳原敏夫(やなぎはらとしお)
1951 年新潟県長岡市生れ。法律家。専門は知財(著作権)。20 世紀末、知財が知罪に変貌したのを受け、命の危機を齎すバイオ裁判に転向。311 まで原発に無知だった無恥を知り、命の救済を求めるふくしま集団疎開裁判に再転向。以後、脱被ばく問題に取り組む。
「まつもと子ども留学」理事。市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会協同代表。
学習会の案内チラシはここをクリック
調布市民活動展「たづくりまつり」(6月9日~11日)で、チェルノブイリ法日本版の会・調布は、展示と講演会を行いました。
9日の和田央子さん(放射能ゴミ焼却を考えるふくしま連絡会)の講演「イノベーション・コースト構想のまやかし 惨事便乗型の原発事故後始末 福島で何が起きているか」は大きな反響を呼びました。梅雨入り直後であいにくの雨模様の中、関係者および調布市民ばかりでなく、所沢など遠くからも来て頂きました。
講演の中身は、震災と原発事故で壊滅的な被害を受けた福島県浜通りに展開されている復興事業「福島国際産業研究都市(イノベーション・コースト)構想」が、ロボット・ドローン・航空宇宙などハイテク産業を集めているものの、それらは軍事利用の側面を抱えていること。また、「世界初のナショナルプロジェクト」を標榜する大規模除染事業は、汚染土の大部分が再生利用されること。中間貯蔵施設の費用はすでに交付金を含め2兆円を超え、さらに膨張する勢いであること。などでした。
司会の三宅さん
講演中の和田さん
大変衝撃的で、「全く知らなかったことばかりで、まさに次元が違うお話だった」と発言された方の意見が、参加者の思いを代弁していました。
和田さんの情報収集力と構成力は抜群で、衝撃的でありながら理解しやすくお話して下さいましたが、一回ではとても消化しきれないと、後で多くの方から聞きました。
今回、福島の方から直接お話を聞く機会が得られたことは幸いでした。質問者の中に、「福島から避難せざるを得なかった方達はどんな思いで、こんな風に変わっていく故郷を見ているのだろうか」と問うた方がいました。
和田さんは「避難された方みなさん、私が聞く避難者の皆さんの望みは、ありのままの故郷、日常を返してほしい、それだけです。戻る方々はその片鱗を求めてわずかな期待を持って帰還するわけですが、いざ戻ってみると、わけのわからないハコモノで変貌した町になっている。こんなはずじゃなかった、というのがごく自然な感情ではないでしょうか」と答えられました。
あらためて原発事故の悲惨さと長期化する棄民政策、それにも拘わらずさらに原発政策を推進しようとしている政府および東電などの大手電力会社、「原子力ムラ」と呼ばれるその取り巻き関係者に、怒りを覚えました。
会場での展示の様子
これらの「伏魔殿に巣くう魑魅魍魎」に対抗するには、心ある専門家と市民が情報を共有し、協力して、丁寧に問題点を指摘し、粘り強く異議申し立てを続けていかなければならないでしょう。
「チェルノブイリ法日本版」を国に制定させるまで、各地で市民が主体的に条例作りを進めていきましょう。
「チェルノブイリ法日本版の会」の活動の重要性を強く感じた次第です。
原子力発電事故、放射能災害から調布市民の命と健康と暮らしを守る条例(案)
調布市 三宅征子
どんどん届きにくくなっている避難者、当事者の声。
現実がなかったことになっていく。
そうしておいて、原発大回帰?!
消されてたまるものですか!
動画を作りました。
英語の字幕がありますから、どうぞ英語圏の方々にご拡散ください!もちろん日本語で喋っていますので、日本語圏にも!(笑) フランス語版もドイツ語版もあります。
私の他にも、福島からの避難者である森松明希子さん、菅野みずえさんバージョンもあります。ここをクリック
ご覧になって、ご拡散ください!
このビデオは、フランスのNos Voisins Lointains 3.11「遠くの隣人3.11」というNPO、そして、フランスで進められているDoléances atomiques 「核の嘆き」という、核施設の周辺の住民や核実験、原発事故の被害者の声を集めるという企画の国際版で公開してくださっています。
…大回帰、はフランスもですね。
私の動画の内容は、私の身に起きてきた現実と、知ってきたことです。
まず「みんなのデータサイト」の英語版の冊子を紹介しながら、日本全体や東京都の汚染地区を紹介しています。これが日本でほぼ報道されていないと言うことも。
そして今回、三田先生に協力を得て、資料を送っていただいたので、自分の子どもの身に起きてきた事と照らし合わせながら、電離放射線検診に準じた、首都圏の人たちの血液検査の結果のデータ。
そして、能力減退症や原爆ぶらぶら病の紹介等をしながら、三田医院脳下垂体ホルモン検査のデータの紹介もしています。
低下して戻らない、首都圏の子どもたちの白血球や、好中球の数値(6割にまで低下)
体の調子が悪く、副腎皮質ホルモンの低い数値を、ステロイドホルモンで補充しながら毎日を送っている人たち。
さあ、これに目をつぶって、
原発大回帰!
言いますか?
世界の人たちに、問いかけたいです!!
拡散お願いします!!
今年の3月は稚内での講演会がありました。
私は2011年3月11日当時福島県伊達市というところに住んでいて北海道に来てからは度々自分の経験を話す講演会を行なっています。私自身のことはみなさんに【わかな十五歳 中学生の瞳に映った3,11】を読んでいただくとして、今回のブログでは稚内での滞在中に幌延にも行くことができたので、そのことについて改めてこちらのブログでも残しておこうと思います。
幌延町には1985年から深地層研究を行う施設として幌延地層研究センターがあり、特に市民団体を中心に【幌延問題】として問題視されてきました。ここでは高レベル放射性廃棄物をいかに【安全に】【管理】するのかということを研究しています。今回は稚内の方にこの幌延町にある施設をご案内いただきました。
施設を見学してわかったことは【核のゴミを安全に管理する】など机上の空論だということでした。鉛の容器やそれを運ぶ器械なども展示されていましたが、皆さんもご存知の通り【核】はその影響がなくなるまでに長い時間を要します。ただ、その期間、その核ゴミを覆う金属が腐敗しない保証はどこにもないなと感じました。まるで、これから何万年も全く問題なく管理できますとでも言いたいかのような資料の数々に唖然としてしまいました。
昨年は講演会で寿都町に行きました。先日、文献調査から概要調査に進むための【対話の場】を早急に設ける旨のニュースがありましたが、実際には町が選んだ人しか参加できない対話の場だとも言われ、地元の核ゴミに反対する人たちの中には憤りを感じている人も多くいらっしゃいます。元々は、文献調査のみで、その先には進まないということで話がついていたはずです。
私が感じるのは、なぜこうもして、目先の金や目的しか考えていないのだろうかと思うのです。そもそも、核という何万年も管理しなければならないようなものを使わねばやっていけないような今の社会システム自体に問題があると思わざるを得ません。当然、そういうならば自分の生き方も変えなければならないのは承知しています。場合によっては【不便】になることもあるでしょう。しかし、私はそれでも構わないと思うのです。これから何万年も残る負の遺産を押し付けるくらいならば、今の暮らしを変えることは当然必要なことだろうと思うのです。命を守り大切にする、その当たり前のことを当たり前にできるような社会を実現するためにも、チェルノブイリ法日本版は必要不可欠だろうと私は考えています。核の問題は、広島、長崎、福島、だけの問題ではありません。私たち自身、生き方の問題なのです。
2023年4月26日に行われた第6回定期総会で、関久雄さん(NPO法人ライフケア代表理事)と柳原敏夫協同代表とで、「なぜ関さんは“歩く日本版”なのか」をめぐって対話(40分)を行いました。
1、 当日の録画
―>ここから、または以下。
2、当日の資料
冒頭に、「なぜ関さんは“歩く日本版”なのか」の理由を解説した柳原協同代表がその時に使ったパワーポイントスライド―>ここから。
柳原がここで問いたかったのは、法律はいかにして誕生するか、とりわけ平時ではなく、原発事故のような危機の中で、その出自の秘密を見極めることです。
私たちは漠然と、法律はその時々の政権を握った議員たちが議会で制定するものだと思い込んでいます。しかし、果たして本当にそうだろうか?それは極めて表面的な現象でしかなく、法の誕生の本質はそんなところにはないのではないか、もっとリアルな実質的な実体を伴ったものではないのか、と。
それは311原発事故の後、法の機能不全に陥り、人々は何一つまっとうな救済を受けられなかった。その深刻な危機の中で、この機能不全をただすのは、時の政権ではなく、法の機能不全による最大の被害者である私たち一人一人の市民ではないか。そう思い至ったことが、今回の私の問いのバックグラウンドです。
そう思ってあれこれ見渡していたら、私の疑問は決して私の妄想でも、独断でもなく、過去の世界史で、法の誕生を「生成される法」「生ける法」として捉え、私と同様に考える人たち(エールリッヒなど)がいたことを知り、我が手を打ったのです。
のみならず、そのような「生ける法」を実際に実行している市民がいたことも知ったのです。それが私にとって、関久雄さんの発見です。なぜ関さんを発見したのか、それについては上記の動画の後半で語っているので聴いて下さい。
また、以上のさわりは、プレゼン資料の以下の部分です(全文はー>こちら)。
2024年9月29日午前、浦和駅前の浦和コミュニティセンターで、 埼玉リレーカフェ 主催のチェルノブイリ法日本版の学習会(お話会)をやりました。58名の方が参加。 by 埼玉リレーカフェ by 藤井 千賀子 さん 午後のアフタ...