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2023年11月17日金曜日

【報告(続き)】福井県越前市での学習会の報告「今すぐ日本版!それが惑星フクイ」(柳原敏夫)(23.10.13)

【まえがき】

2023年7月と8月、初めて福井でチェルノブイリ法日本版の学習会をやりました。日本版の会から「早く感想をブログに出して下さい」と何度も催促されながら、原稿らしき素材は何度も書いていながら、どうしても完成できなかった。画竜点睛を欠いていたからでした。
それが、先ごろになって、ようやくその画竜点睛が見つかったような気がしました。つまり、福井行きで私の中でふつふつと沸き起こってきた化学反応の下準備に対し、現実の化学反応を実行してくれる触媒に出会うことができたのです。その触媒とは次の2人といちばん長い手紙「まだ、まにあうのなら」を書いた福岡県のお母さん(甘蔗珠恵子さん)(117話118話)。
その下は、学習会の講師を務めた柳原の感想文と写真(福井特集号のニュースレターの冒頭の文)。

半世紀以上「敬して遠ざけて来た」2人の人に今頃になって初めて出会えた。
一人は「人類の哀れな女々しい魂を鞭うつ頑強な精神」を与えようとしたベートーベン。
も一人は、スペイン内戦に参加し「最初の弾丸がスペインのギターを貫通し、これらのギターから音のかわりに血のしぶきがほとばしったとき、私の詩は人間の苦悩の通りの真ん中に立ち止まり、血と根の流れが私の詩のなかを上り始める。そのときから、私の道はすべての人の道になる」と詩を刻んだパブロ・ネルーダ。
その訳は、時代がいま、彼等のような生き方を求めているからなんだと。
》(23.10.10自己紹介文)

若狭町の熊川宿、通称「鯖街道」
泊った宿の前に広がる若狭湾
右手遠方の米粒の建物、近づくと以下の姿に。
        世界有数の美しさを誇る美浜の海岸「水晶浜」の駐車場から

          ***********************

今すぐ日本版!それが惑星フクイ

                                           フクイの山と海を知らない者は、この惑星を知らない。同じ裏日本生まれなのに、無意識のうちに「敬して遠ざけて来た」異なる惑星フクイ。その地に今年7月、初めて足を踏み入れた。

若狭町で日本版の学習会を終えたあと、向った先が熊川宿、通称「鯖街道」。この街道に降り立った瞬間、半世紀前の高校の古典の授業で習った古事記の「やまとたけるのみこと」の辞世の歌が脳裏に蘇り、 次のように替えて口づさんだ。

フクイは 国のまほろば  たたなづく 青垣 山隠れる フクイしうるはし

ここが自分のふるさとなのだ、今、お前はそれを発見したという強烈なノスタルジーに襲われた。 それは私にとっての楽園だ、と。
しかし、それは一日限りのものだった。
翌日、太平洋とちがって、波穏やかな日本海の海岸沿いに信じられないような光景に出くわしたから。
それは、森や建物に覆われずに、むきだしになって人々の前にすっと建っている――原発だった。
この一撃で、フクイの楽園は破壊されていたことを知った。もしフクイにまだ楽園があるとしても、それはかりそめの楽園、それは、ひとたび原発事故 が発生した瞬間にこっぱみじんに消失するカゲロウの楽園。
だとしたら、この峻厳な現実に毎日、毎日向き合っていたら、間違いなく精神に異常をきたしてしまう。だから己の心を守るために、この現実を見ないようにしよう、考えないようにしようと自己暗示にかけるほかない。そして、その自己暗示を首尾よく果した時、 今度は、とめどもなく自分の心を欺くスタイルが習慣となる。それはつまるところ思考停止の日々。「死せる魂」と「生きる屍」への道。こんな恐怖と屈辱の中にほおり込まれているのがフクイに住む人々の置かれた現実。

その思考停止の中でかろうじて安心安全の精神状態を保っていたフクイの人たちの頭上に襲い掛かったのが311福島原発事故だった。福島原発事故で日本の安全神話が崩壊した時、もっとも打撃を受けたのは原子力ムラだけではない、思考停止によりかろうじて心の安定を保っていたフクイの人たちもそうだ。彼等を思考停止にさせてきた心のマンホールのフタは福島原発事故で飛び散った。彼等はもはやこれまでのように思考停止という避難場所に安住することもできなくなった。思考停止という避難場所から追出されて、フクイの人たちの行き先はどこなのか。それは「思考停止という避難場所」から抜け出し「真の避難場所」に向かうしかない。では、その「真の避難場所」とはどこか。それが日本版。「真の避難場所」を提供するのが日本版の目的だから。
安全神話と思考停止が崩壊した311後、眠れぬ日々を過ごすフクイに住む人々にとって最も急務なのが「真の避難場所」を提供する日本版。

90年前、スペインの地で、フランコのクーデタを体験した詩人のネルーダはこう書いた。
最初の弾丸がスペインのギターを貫通し、これらのギターから音のかわりに血のしぶきがほとばしったとき、私の詩は人間の苦悩の通りの真ん中に立ち止まり、血と根の流れが私の詩のなかを上り始める。そのときから、私の道はすべての人の道になる

そうだ。福島原発事故という
「日本で最初の原発事故が人々を貫通し、その惨劇と犯罪によって多くの被ばくと苦痛と苦悩がほとばしったとき、日本版は人々の被ばくと苦痛と苦悩の通りの真ん中に立ち止まった。そして、血と根の流れが日本版のなかを上り始めた。そのときから、日本版の道はフクシマ、フクイ、そしてすべての人の道になる。」

ニュースレターの以下のメッセージは、安全神話と思考停止が崩壊した311後のフクイに住み、被ばくと苦痛と苦悩の通りの真ん中に立つ人々の魂の叫びです。

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