東京・多摩地域で、2002年から市民活動情報誌『市民活動のひろば』を発行している編集部の方から、市民が育てる「チェルノブイリ法」日本版の会の紹介文の寄稿をリクエストされ、以下、そこに寄稿した文です(>全文PDF)。
ラストの文、
311後に生きる私たちにとって、未来しかない子どもたちにとって、この脱ゴミ屋敷への執念以外に、外に何が残されているだろうか。原発事故の犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、市民の連合の力を実現することへの執念のほか、この世に何があるだろうか。これが市民立法「日本版」の執念です。
これは、チェルトコフさんの本「チェルノブイリの犯罪((上)21頁)」の中に引用されたカミュの次の言葉
「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか」
これに接した時、何という真実だろ、犯罪に対する私たちの態度をこれ以上明確に指し示した言葉はないと気づき、これをそのまま日本版の態度として書いたものです。




