2月23日、さいたま市浦和区の「ぱる★てらす」で、生活協同組合パルシステム埼玉 ピースインターテーマグループ主催のチェルノブイリ法日本版の学習会をやりました。
以下、そのレジメ(>PDF)と動画(前半が講師の話、後半が質疑応答)とプレゼン資料です。
チャップリンの「独裁者」の冒頭の飛行シーン
What time is it ?――311後のゴミ屋敷を人権屋敷に再建する時代――
1、この質問はチャップリンの映画「独裁者」の冒頭に出てくるセリフです。戦場で、兵士チャップリンが上官と雲の中を飛行中、知らない間に飛行機がさかさに飛び、表題の質問に彼が懐から懐中時計を取り出すと時計の鎖がとび上がってビックリするシーンです。そのシーンが示すように、答えはあべこべの時代です。
このあべこべが現代でも続いている。しかも現代はそのあべこべが前例のないくらい極端なまでに進んだ時代です。なぜなら、現代は311後=原発事故後の社会だからです。原発事故とは何か。それは人類が推し進めてきた科学技術の最先端で登場した、最先端の科学技術がもたらした最先端のカタストロフィー(大惨事)だった。つまり、原発事故は私たちの科学技術の栄華の成れの果ての姿です。その結果、311後の日本社会は原発事故の救済を全面的にネグレクト(放置)する人権侵害のゴミ屋敷となった(日本政府がやったことは次の3つだけだった。①情報を隠す②事故を小さく見せる③基準値の引上げ)。そこでは、原発事故を起こした加害者たちは救済者のつらをして、命の「復興」は言わず、「経済復興」と叫んで堂々と開き直り、命に危険にさらされた被害者は「助けて」という声すら上げられず、上げようものなら経済「復興」の妨害者として迫害される、あたかも密猟者が狩場の番人を、盗人が警察官を演じている。安全を振りまくニセ科学が科学とされ、危険を警鐘する科学がニセ科学扱いされる、狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされるというあべこべが出現したからです。なぜ、311後の日本社会はこのようなあべこべの、そして人権侵害のゴミ屋敷社会になってしまったのか。
2、注意深く観察すると科学技術によって引き起こされた事故はいつも2つの顔を持っています。1つは「自然対人間」の関係で見せる顔。もう1つは「人間対人間」の関係で見せる顔。「自然対人間」の関係で原発事故が示す本質は空間的にも時間的にも前例のない「惨劇」です。40秒足らずの実験の暴走で欧州全土が人の住めなくなる寸前までいったチェルノブイリ事故。2号機に水が入らず、東日本全滅を覚悟した福島原発事故。時間的には「これから100年放射能と付き合うために」(菅谷昭前松本市長)という覚悟が問われる。さらに原発事故はそれだけでは済まない。もう1つの顔が存在する。それが原発事故が「人間対人間」の関係で示す顔、その本質は「犯罪」です。チェルノブイリ事故で欧州全土を救った物理学者のワシリー・ネステレンコ、その彼に与えられた恩賞は所長の地位解任とKGB(ソ連の諜報機関)による二度の暗殺計画でした。理由は、国から「パニックを煽るろくでなし」と警告されたにもかかわらず、放射能を感知する器官を持たない汚染地の住民たちが無防備なまま取り残されているのに対し彼らの保護を訴え続けたからです。
福島原発事故も、いくら健康被害が発生しても国は「私たちは何も知らない、語れない」。チェルノブイリですら認定された原発事故と小児甲状腺がんとの因果関係も今なお頑なに認めようとしない。にもかかわらず、敢えて健康被害を語ると、漫画「美味しんぼ」のように、「パニックを煽るろくでなし」(今日ではより洗練された言葉で「風評被害」)と罵られる。それは国の確固たる信念と世論操作に基づいたもので、もはや単なる事故ではなく、226事件、サリン事件のように事件・犯罪と呼ぶのがふさわしい。それが311事件です。その結果、出現したのが最先端の科学技術がもたらした最先端の大惨事である原発事故を前にして、その救済を全面的にネグレクト(放置)し、至る所が人権侵害のゴミ屋敷と化した日本社会。
3、ゴミ屋敷についてもまた、科学技術によって引き起こされた事故が持つ2つの顔が厄介さを倍加する。1つ目の顔が「自然対人間」の関係での厄介。それが「見えない、臭わない、味もしない、理想的な毒」である放射能の特質がフルに反映した、見えない、臭わないゴミ屋敷。それは私たちの五感の通用しない「日常生活」と分断された被ばくがもたらす放射能汚染と健康被害の壮大なゴミ屋敷。もう1つの顔が「人間対人間」の関係での厄介。それが私たち市民が、単に今日の国や科学者の政策に翻弄されているばかりではなく、明治維新以来ずっと市民を支配してきた国や科学者の政策に今なお翻弄され続けているという事実。とりわけそれは、小児甲状腺がんだけでも明らかですが、放射能による健康影響に声をあげない医療関係者たちの中に顕著に現れている。それは七三一部隊の伝統が水面下で悪夢のように今も医療関係者たちをがんじがらめに押さえつけているからです。そこで日常的に行なわれた人体実験は重大な犯罪だった。しかし、この犯罪は戦後、裁かれなかった。米国と、人体実験のデータの提供を引換に戦争犯罪の免責という取引(密約)が成立したからです。その結果、免罪された七三一部隊はトップから総勢1万以上の隊員は、ひとにぎりの例外を除いて、戦後日本の医療・医学界・製薬業界に復権し、人体実験で得た研究データを活用して要職につき大きな力を持った。同時にそれは戦後日本の医療・医学界・製薬業界の水面下で、七三一部隊の思想・哲学・方法が伝統として生き延びることでした。お国のためなら「人体実験」に手を染めた思想が水脈のように受け継がれ、311の核戦争(福島原発事故)の発生で、再び戦争と「医の倫理」が衝突したとき、脈々と受け継がれてきた七三一部隊の思想・哲学・方法が原発事故の正しい救済をかつてないほど大きく歪曲していった。それが311後の日本社会を壮大なゴミ屋敷にしている歴史的、根本的な原因の1つなのです。
4、これらの異常事態を前にして、そこにネグレクト(放置)された真の被害者は、百年続く福島原発事故の健康被害で苦しむ人たち、今後の原発事故発生によって、福島原発事故と同じ苦しみを味わうことになる(未来しかない)子どもたちです。その人たちは「人間として扱われる」必要があります。そのためには、311事件でゴミ屋敷と化した日本社会を人権屋敷に再建する必要があります。
その最初の一歩が、原発事故の国家責任を正面から承認し、国家の義務として、原発を通常に運転する時における放射線防護の世界標準(年1mSv)を原発事故の時にも適用して年1mSv以上の汚染地域に住む住民に「避難の権利」を保障したチェルノブイリ法、それを市民主導の「市民立法」の方法で、日本で実現しようという市民運動「市民が育てるチェルノブイリ法日本版」です。いま、日本を戦争の国にさせないために最も貢献している法律は1999年に成立した情報公開法です。当時、この法律には与野党も大手労組も全て関心を示さなかったため、市民が主導して日本各地の自治体で情報公開条例を積み重ねた末に制定されました。その市民主導の成功体験をモデルにして、ゴミ屋敷に化した日本社会を人権屋敷に再建しようというのが市民立法「日本版」です。
311後に生きる私たちにとって、未来しかない子どもたちにとって、この脱ゴミ屋敷への執念以外に、外に何が残されているだろうか。原発事故の犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、市民の連合の力を実現することへの執念のほか、この世に何があるだろうか。これが市民立法「日本版」の執念です。 (2026.2.23)
◆動画
前半(講師の話)
後半(質疑応答)
◆プレゼン資料(>全文PDF)


